『タコピーの原罪』は“『ドラえもん』の深化版”? 作品に込められた思想を徹底考察

『タコピーの原罪』に込められた思想を考察

 そう考えれば、『ドラえもん』という漫画作品、およびTVアニメシリーズもまた、画期的な内容だった。怠惰で取り柄のあまりない“野比のび太”というキャラクターは、それまで正義感に燃えていたり、快活だったり、ポジティブな要素を持つことが当たり前だった少年像を破壊した、貴重な存在の一つだった。勉強や運動が苦手だったり、物事に熱中して何かをやり遂げる、といったことが苦手な子供たちのなかで、“のび太に救われた”と感じながら成長した子どもたちは、数限りなくいたはずである。

 とはいえ、のび太は少なくとも、家族に愛されているし、友達が全くいないわけでもない。作中の大人たちが最低限の責任を放棄しているわけでもないのだ。本シリーズは、そういった境遇に恵まれず、自己肯定感をおぼえることができない子どもを描くことで、さらに厳しい状況に直面する立場に寄り添おうとする。つまり、“反『ドラえもん』”というより、“『ドラえもん』の深化版”といえるのではないか。

 そんな“寄り添い”の意図は、“いじめっ子に死んでほしい”というネガティブな感情にすら適用される。『ドラえもん』にも「どくさいスイッチ」というダークなエピソードがあったが、本シリーズの第2話では、それを超え、具体的に殺人という解決方法に胸をときめかせキラキラと輝く、異様なしずかちゃんの姿が映し出される。

 ここでは、凄絶ないじめを受ける子どもが、そのような思考になってしまうことは、現実にあり得るという、リアルな現実を描いている。もちろん、“他人を殺したい”という感情をポジティブに表現しているわけではないはずだが、このダークな心理をあえて描き、大上段から否定しないことで、本シリーズは、逆説的な“優しさ”を獲得しているのだ。

 とはいえ、そんな考え方に陥ると破滅へと向かいかねないということも、本シリーズは、一つの真理として描いている。しずかちゃんは深く絶望し、タコピーに危害を加えるだけでなく、最終話が示唆しているように、重大な犯罪行為にすら手を染めてしまう。

 日本や中国で社会問題となっている、社会や親を恨んで大勢の人々に危害を与えようとする事件や、アメリカの銃乱射事件などは、人生に絶望した犯人が起こす傾向にある。そんな身勝手な凶行は否定されるべきものだが、もしも取り返しのつかない事件を起こす前に、誰か話を親身に聞いてくれる相手がいたとしたら、または、子どもの頃にポジティブな方向に導いてくれる存在がいたなら、そういう結果にはならなかったのかもしれない。

 最終話では、タコピーにすら暴力をふるい続け、もはや後戻りができなくなった、絶望の淵に沈んでいくしずかちゃんが登場する。だが、タコピーは殴られながらも、「ハッピー握手」の手を離さない。しずかちゃんのことを最後まであきらめず、境遇を解決する答えを出せなくても、寄り添い、一緒に涙を流すのである。

 “本当に絶望した人を笑顔にできるのか?”という大きな問いに対し、タコピーは最終的に「おはなしがハッピーをうむんだっピ」という答えを提示する。それは、しずかちゃんがそうしたように、そして登場人物のまりなちゃんや東(あずま)くんがそうしたように、“心の底にある言葉を誰かに発してほしい”という“願い”として機能するだろう。現実そのものを変える“魔法”を持たない創作物は、そのようにうったえるしかない。

 同時にここでの「おはなし」には、ノートの端っこに描かれたタコピーが象徴される、創造力によって生み出された本シリーズもまた、「お話」、つまり“物語”だったことをも暗示しているかもしれない。そこには、『タコピーの原罪』そのものが、タコピーがそうであったように絶望した存在に寄り添い、劇中に登場した、“心のなかのドクダミの花”を、受け手の心に咲かせたいという、作品側からの二つ目の“願い”が、反映されているように感じられるのだ。

■配信情報
『タコピーの原罪』
各プラットフォームにて配信中
キャスト:間宮くるみ(タコピー)、上田麗奈(しずか)、小原好美(まりな)、永瀬アンナ(東)
原作:『タコピーの原罪』タイザン5(集英社ジャンプ コミックス刊)
監督・シリーズ構成:飯野慎也
キャラクターデザイン:長原圭太
プロップデザイン:中井杏・10十10
2Dワークス:アズマ・10十10
美術監督:板倉佐賀子
色彩設計:秋元由紀
CGディレクター:茂木邦夫
カラースクリプト:大谷藍生
撮影監督:若林優
編集:坂本久美子
音響監督:明田川仁
音楽:藤澤慶昌
アニメーション制作・プロデュース協力:ENISHIYA
企画・プロデュース:TBSテレビ
©タイザン5/集英社・「タコピーの原罪」製作委員会
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/anime/takopi_project/
公式X(旧Twitter):@takopi_pr
公式TikTok:@takopi_anime

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