悪魔を恐れる人々こそが悪魔にもなりうる 『サタンがおまえを待っている』は現代人必見

けれども、映画が進むにつれ――出会った当初は既婚者同士であったミシェルとパズダー医師が本の出版後、それぞれのパートナーと離婚し、婚姻関係を結んだ事実が明らかになるあたりから、事態はやや不可解な方向に転じてゆく。被害者の声に耳を傾けること――とりわけ社会的に弱い立場にある女性や子どもの声は、真摯に耳を傾けるべきである。しかし、それは果たして「事実」なのだろうか。さらに、パズダー医師が取り行ったという「回復記憶療法(Recovered Memory Therapy)」――抑圧された過去の記憶をよみがえらせ、それを克服することで精神的な問題を解決しようとするアプローチ自体、現在は多くの問題をはらんでいることが指摘されている。というのも、その記憶が虚偽である可能性を否定できない――その記憶を医師が誘導している可能性だってあるのだ。しかし、それが「存在すること」よりも、「存在しないこと」を証明するほうが難しい――奇しくも「悪魔の証明」と呼ばれる事態が、そこに生じることになるのだ。

実際、「悪魔的儀式虐待」を受けたと告白する者が数多く現れ、事件化したものも少なくなかったようだが、FBIの調査をもってしても、それが行われたという証拠は一切得られなかったという。ちなみに、全米を恐怖に陥れた「マクマーティン事件」の裁判は、証拠不十分によって、全容疑者が審議不成立となった。いやはや、この10年以上も続いた狂騒は、果たして何だったのだろうか――などと、途方に暮れている場合ではないようだ。本作の終盤に紹介されていた、2016年の大統領選挙の期間中に広まった、いわゆる「ピザゲート事件」――ヒラリー・クリントン候補陣営の関係者が、人身売買や児童性的虐待に関与しているという陰謀論。それが「Qアノン」と呼ばれる陰謀論者たちの勢力に繋がっていったのは、ごく最近の話ではなかったか。
「人は見たいものを見る」――よく言われる話ではあるけれど、確かにその通りなのだろう。とりわけ、それが人々の「感情」に大きく訴え掛ける場合は。いわゆる「感情優先社会」――「大事なのは事実や真実ではなく、何を感じるかだ」という考え方が、その問題点を指摘されながらも、SNSの普及と共に歯止めなく浸透して久しい昨今、私たちは今ひとたび、考えなくてはならないのかもしれない。

人々の不安を煽るものたちは、その誰もが「エビデンス」よりも「感情」を重視するということを。彼/彼女たちは言う。「だって不安じゃないですか」「そんな人たちがまわりにいたら怖いじゃないですか」。そこで翻って思い起こされるのは、『サタンがおまえを待っている(SATAN WANTS YOU)』という本作のタイトルだ。ここで言う「おまえ(YOU)」とは、果たして誰のことなのだろうか。悪魔を恐れる人々が、誰よりも悪魔的な行為に出ることは、中世の魔女狩りを例に挙げるまでもなく、歴史が証明している。このドキュメンタリーが射程するものは思いがけず広く、そして今を生きる我々一人ひとりの胸の内に突きつけられている。
■公開情報
『サタンがおまえを待っている』
8月8日(金)新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
監督:スティーヴ・J・アダムズ、ショーン・ホーラー
提供:キングレコード
配給:ポニーキャニオン
2023年/カナダ/英語/カラー/90分/原題:Satan Wants You/字幕翻訳:大石千恵子
©666 Films Inc.
公式サイト:https://satan-matteru666.com
公式X(旧Twitter):@satanwants666






















