『あんぱん』はやなせたかしの自伝をどう脚色? “史実”に重なる物語がいよいよスタート

『あんぱん』史実の物語がいよいよスタート

 これからは史実どおり。戦争が終わって高知新報社編になったとき、『あんぱん』はようやく史実に近づいていく流れに入ったはずだった。というのは、のぶ(今田美桜)のモデルの暢の記録があまり残っておらず、高知新報社のモデル高知新聞社で嵩(北村匠海)のモデル・やなせたかしと出会って結婚したところからしか彼女の足取りが明確でなかったからだ。

 それでもあえて『あんぱん』は主人公を女性にし、モデルをやなせたかしの妻にした。こうして生まれたのぶはオリジナル要素が多く、第17週「あなたの二倍あなたを好き」(演出:柳川強)まで、わずかに残された記録を頼りに大胆に膨らまして描いてきた。

 最も大きな創作は、のぶと嵩が幼なじみの設定にしたことだ。そのため、はじめて出会ったのが1927年、ふたりの気持ちが通じたのが1946年と、長い間、のぶは嵩の気持ちに気づかない、さらに自分にとって彼の存在価値に気付けないままでいた。のぶはとことん鈍く、嵩はひたすら諦めが悪く、耐え忍んでいた。

 嵩が銀座で買った赤いバッグをのぶに渡せないまま8年が経過。嵩はそれをずっと手放すことはなかった。

 だが、ラブストーリーの醍醐味はすれ違い。何度も何度もすれ違って視聴者をやきもきさせながら、最終的にグッと盛り上げて爽快な気分になる。そういうものを大衆は好む。8年間渡せなかったバッグをようやく受け取ったのぶが「嵩の二倍嵩のことが好き」と抱きついたとき、ここから本当に本当に史実どおりに、やなせたかしと暢の夫婦の物語を模したドラマになりそうで筆者もホッとした。

 実在の人物がモデルと知るとどうしても史実が気になってしまう。やなせたかし自身のことは、ものすごくたくさん書籍が出ていて、自身が書いたものもあれば他者が書いた評伝もある。筆者もあれこれ読み漁っている。なかでも本人の自伝『アンパンマンの遺書』にある、暢のプロポーズが印象的だ。

 「やなせさんの赤ちゃんが産みたい」という殺し文句を暢はやなせに言ったというのだ。暢という女性はなかなかすごい人だなあと驚いた。これは「ハンドバッグと西瓜」という章で、やなせが暢に寄せた思いが通じるまでが劇的に記されている。この章を読むと、『あんぱん』ののぶはここから膨らませたのだろうと推察できる。

 まずは「ハンドバッグ」。暢が広告費を取り立てに行って、払ってくれない相手にバッグを投げつけた武勇伝。『あんぱん』にもそれは描かれていた。ここを起点として、ドラマのオリジナル・赤いバッグのエピソードが生まれたのではないだろうか。

 「ハンドバッグと西瓜」ではバッグを投げつけたところを見かけた紳士がのぶを見初めて結婚してほしいと申し込んできたという後日談があり、それを知ったやなせの動揺が手に取るように書かれている。暢のことが好きだけれど自信がない。仕事もまだまだだし、恋愛も。

 女性に「殺し文句」のひとつも言えないやなせ。そんなある日、暢と取材のあと歩いていて、雷雨が来た。そこで暢から殺し文句が出る。それが「やなせさんの赤ちゃんが産みたい」だった。自分からは殺し文句が言えず、女性から言ってもらって前に進めたエピソードを、『あんぱん』では嵩からはっきり告白するように改変している。のぶのほうが思ったことをうまく言えないキャラにして、嵩が思いきって口火を切ってくれたことで、素直になれたように描かれている。そのときの小道具が例の赤いハンドバッグである。

 また、「ハンドバッグと西瓜」に登場した紳士にも注目したい。一目惚れしたらしい「紳士」。彼が、次郎(中島歩)のイメージにもなっているように感じる。外国暮らしが長く日本の女性に心が動かなかった紳士は暢を見て彼女とならと思った。紳士の妹が兄の気持ちを汲んで暢に縁談を持ちかけるのは、次郎と母(神野美鈴)と重なって見える。暢の初婚時のエピソードが記録にはないため、やなせの自伝から想像を膨らませたのではないだろうか。

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる