『オールド・ガード』シリーズは“不死”の要素が最大の魅力 続編への不満と第3作への期待

『オールド・ガード』2への不満と3への期待

 DCコミックスを中心にコミック業界でさまざまな物語を紡いできたグレッグ・ルッカ。彼がオリジナルのグラフィックノベル作品で発表した一作が映画化され、脚本家デビューを果たしたのが、スカイダンス・メディア製作、Netflix配信の同名作品『オールド・ガード』(2020年)だった。

 シャーリーズ・セロンが主演を務めることになった同作の特徴は、ヒーローの能力の異質さだ。不老不死、自己治癒能力を有した秘密部隊「オールド・ガード」の戦いを描き、ヒット作となった。その続編『オールド・ガード2』が、およそ5年ぶりのシリーズ作としてリリースされている。

 第1作が好評を得て、3部作構想が明らかとされていた本シリーズ。ここでは、そんな本作『オールド・ガード2』の内容を、第1作を振り返りながら深掘りしていきたい。

 古代ギリシアから不死の身体で現代まで生き続けている、「アンディ」ことアンドロマケ(シャーリーズ・セロン)。彼女は戦士として、同じ能力を持つ仲間たちとともに歴史のなかで人類の未来を守り続けていた。だが、そんな「オールド・ガード」たちの不死能力は、利益を求める製薬会社に狙われることとなる。アンディや新人メンバーのナイル(キキ・レイン)らは、そんな邪悪な勢力を打ち倒すことに成功する。

 興味深いのは、主人公たちの能力が、基本的にスーパーパワーが不死と自己治癒のみというところ。あとは人間並みであるため、数世紀の間練り上げられた武術、殺傷術、現代的な武器の使用などが、アンディらの強さを支える。『デッドプール』の「ヒーリングファクター」に近いといえるが、戦闘自体はリアリティを重視しているところが大きな特徴であるといえる。

 とくに、『イーオン・フラックス』(2005年)や『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(2015年)、『アトミック・ブロンド』(2017年)などでアクションスターとして活躍してきたシャーリーズ・セロンの長身で鍛え上げられた肉体の迫力と説得力が、ヒーロー作品として抑制の効いた『オールド・ガード』を魅力的な内容にしていたといえよう。

 “不死”というテーマは、神話において繰り返し使われてきた概念で、もちろんコミックや映画にも度々使われてきた。作中でアンディたちは、そんな能力を活用することで、大胆に敵対勢力に突撃を仕掛けられ、勇敢に戦えるのだ。

 もともと人気アクション映画シリーズにおいて、ある意味、主人公は“不死”の存在だといえる。どれだけ命がけのピンチに陥ったとしても、形勢逆転し、最後には勝利してしまう。たとえ被弾したり、高所から落下したとしても、結局は助かる場合が少なくない。われわれ観客は、そんな“お約束”のなかでアクション映画を楽しむのである。

 主人公が最初から不死であるという設定は、一見すると緊張感を削ぐ要素になり得る。しかし、よく考えてみると、アクション映画の主人公というのは、そういう能力があるという設定が用意されていないだけで、そもそもが“不死”だといえる。そんな属性が観客に分かるかたちで活躍する「オールド・ガード」のメンバーは、作品にある意味でメタフィジックな視点を与えているといえよう。

 とはいえ、物語自体はそのユニークさから離れていく。主人公アンディは、何らかの力によって能力を奪われ、常人よりやや戦闘能力が高いだけの存在になってしまうのである。それによりアンディの存在は、一度限りの命という緊張感を持ちながら、実際には“致命傷を負っても生き延びる”というアクション映画における“暗黙の不死性”を体現する主人公としてシフトされている。

 その上で、作品自体は依然として“不死”要素の追求を継続する。この作品で最も凄まじいのが、“不死”であることが耐え難い苦しみになり得るという描写だ。かつてアンディの仲間だったクイン(ゴー・タイン・ヴァン/ベロニカ・グゥ)は、現代から500年前に異端者として「アイアンメイデン(鉄の処女)」なる金属製の拘束拷問具に閉じ込められ、オープンウォーター(外洋)に突き落とされるという悲劇に見舞われる。

 アンディは戦友でもあり唯一無二の親友でもあるクインを捜索するが、500年もの間発見できず、クインは海の底で溺れて死に復活するというサイクルを繰り返すという、想像するだに恐ろしい拷問を経験することになる。不死と自己治癒の能力しか持っていない「オールド・ガード」たちは、じつは敵方に捕まり拷問を受けると、死の苦痛をはるかに超える経験を余儀なくされる弱点を持っていたのだ。

 本シリーズが興味深いのは、この永遠の拷問という観念が、あまりにも凄絶だという点にあったのだと思われる。「オールド・ガード」の面々がそれぞれに深刻な表情をするように、海中の暗闇のなかで身動きすらできず、数百年ものあいだ、死と再生を繰り返すという設定は、あまりにも悲惨で、筆者自身も夜、ベッドのなかで思い出してしまうほどである。このような想像の提示が、吸血鬼伝説のような暗いロマンとして、作品全体を包み込んでいるように感じられるのである。

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