『Flow』は“ノアの方舟”ではなく“バベルの塔”に 人間世界にも置き換えるべき他者との共生

 彼らは劇中で、それぞれの固有の言語をもって助けを求め、時に歪み合い、徐々に理解を深めていく。彼らが体現するコミュニケーションは、決して“言語がなくても”通じるものなのではなく、各々の言語が存在するという前提のもと、それが“通じ合っていなくても”通じるものに他ならない。自言語をもって他者に伝えようとする意思と、多言語を話す他者を理解しようとする意思。序盤で楽しげに吠える犬を警戒していた猫は、終盤では別の犬たちが助けを求めて吠える声に反応する。こうした多言語を受容する意欲の変化こそ、現実の人間世界にも置き換えるべき、かつ求められるべき事柄である。

 それを踏まえると、この映画は“ノアの方舟”ではなく“バベルの塔”に近いものなのかもしれない。動物たちは言語をもたないものだと高を括っている人間たちは、人間たちのなかで交わされる人間たちの言語がちょっとバラバラになっただけで散り散りになる一方で、この映画の動物たちは一つの場所で同じ目的のためだけに結束を深める。積極的に前へ進み、そこで出会う者たちを受け入れ、理解し、共に生きる道を探す。劇中の世界には人間がいた形跡こそあるが、その姿は見当たらない。あたかもそれは、コミュニケーションを軽んじる人間の傲慢さへの警告のようにも映るのだ。

■公開情報
『Flow』
全国公開中
監督:ギンツ・ジルバロディス
配給:ファインフィルムズ
2024/ラトビア、フランス、ベルギー/カラー/85分/原題:Flow/G
©Dream Well Studio, Sacrebleu Productions & Take Five.
公式サイト:flow-movie.com

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