乙丸の「帰りた~い!」は『光る君へ』屈指の名シーンに 矢部太郎が“全話”で放った存在感

『光る君へ』矢部太郎が全話で放った存在感

 たとえば第47回では、話題を呼んだ場面もさることながら、隆家(竜星涼)に言葉をかけられ、涙を流すまひろをじっと見つめる乙丸の表情も印象的だった。まひろを心配そうに見つめる面持ちはやや険しく、その後、無念そうに目を閉じてうつむく。この演技は、まひろの悲しみを痛いほど理解しているようにも見えたし、この時から、まひろを守るためにはここにい続けてはいけないと考えていたようにも見える。そして例の場面では、乙丸は「お方様! 私はきぬに会いとうございます!」「お方様も一緒でなければ嫌でございます!」と自分の気持ちを訴える。乙丸にとって、まひろや隆家の前で自らの意思を伝えるのはなかなか勇気のいる行動だったと思う。しかし乙丸は一歩も引かない。

 唐突に始まった矢部の見せ場は、それまでの暗い雰囲気を一気に取り払った。視聴者ははじめこそ、まひろや隆家のように呆気にとられたことと思う。矢部がこれまでにない大きな声で台詞を発していたこと、そして「会いたい! 帰りたい! 帰りた〜い! 会いたい! 帰りたい!」と連呼する姿にはおかしみがあり、思わず笑ってしまった。

 だが、乙丸が「帰りましょう」と嘆願するのではなく、まるで子どもが駄々をこねるようにして訴えたからこそ、まひろの心が動いたといえる。矢部の演技には、第1回から乙丸を丁寧に演じてきた彼にしかできない説得力があった。あの言動は乙丸にとって最初で最後のわがままだ。そして、自分が都へ帰りたいというわがままでありながら、まひろだけは守り抜きたいという乙丸の誓いの表れでもある。

 本作は、主軸となるまひろと道長の物語だけでなく、脇を固める俳優陣が魅力的であり、その魅力を書き切れないのがとても口惜しい。たとえば、乙丸同様、第1回から登場し、道長に従者として仕えてきた百舌彦(本多力)や、長年に渡って要職を歴任してきた実資(秋山竜次)など。

 特に百舌彦については、刀伊の者の襲撃について実資から報告を受けた道長が「太宰府……」と呟いた時、ハッと道長を見る一瞬の演技が心を打った。百舌彦もまた、まひろと道長の関係を長い間見守り続けてきた人物だ。あの一瞬だけで、道長の胸中を慮る百舌彦の心情が伝わってきて、胸にグッときた。

 『光る君へ』は最終回を迎えるが、もうすでに名残惜しい。まひろと道長の物語だけでなく、まひろの家族、道長の家族、朝廷や後宮の人々の姿にも注目し、物語の終わりをじっくりと見届けたい。

■放送情報
『光る君へ』
NHK総合にて、毎週日曜20:00〜放送/ 翌週土曜13:05〜再放送
NHK BS・BSP4Kにて、毎週日曜18:00〜放送
NHK BSP4Kにて、毎週日曜12:15〜放送
出演:吉高由里子、柄本佑、黒木華、井浦新、高杉真宙、吉田羊、高畑充希、町田啓太、玉置玲央、板谷由夏、ファーストサマーウイカ、高杉真宙、秋山竜次、三浦翔平、渡辺大知、本郷奏多、ユースケ・サンタマリア、佐々木蔵之介、岸谷五朗、段田安則
作:大石静
音楽:冬野ユミ
語り:伊東敏恵アナウンサー
制作統括:内田ゆき、松園武大
プロデューサー:大越大士、高橋優香子
広報プロデューサー:川口俊介
演出:中島由貴、佐々木善春、中泉慧、黛りんたろうほか
写真提供=NHK

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる