『ライオンの隠れ家』“普通”の言葉がなぜ響く? 徳尾浩司×一戸慶乃が語る脚本制作の裏側
「なるべく優しい世界であってほしい」
――洸人というキャラクターや、その気持ちについて、どんなところを大事にしましたか?
一戸:洸人はすごく優しくて、言葉も相手に合わせて選んだり、言わないでおいたり、毎回自分で考えるタイプ。すぐに答えを出さないし、答えを教えてくれるメンター的な人もこの作品にはあまりいないんです。洸人はゆっくり周りを見ながら、自ら気づいていく。一歩ずつ進んでいくということを大切にしました。
徳尾:確かに洸人は、自分の気持ちを話す相手があまりいないんですよね。職場の同僚の美央(齋藤飛鳥)くらいで。
――ただ、こうした状況で一人頑張って秘密も一人で背負って、追い詰められていく主人公は多いと思うんです。その点、洸人は記者の楓(桜井ユキ)から愛生の弟かと聞かれてすぐに、「なんでわかったの」と言ってしまう。そうした素直さによって、状況的には追い詰められているのに、気づいたらみんながちょっとずつ味方になっていきますね。それは観ていてすごく心地良く、安心感があるところです。
一戸:洸人は人間としての曖昧な部分や、こういうキャラクターと言い切れない部分を持ちながら、ゆらゆらと変化をして前に進んでいっているのだと思います。
――どんどん味方が増えていく展開は最初から想定されていたのですか?
徳尾:流れでそうなっていったんだと思います。個人的には理由なく意地悪な人が出てくる話があまり好きじゃなくて。たとえ主人公が状況的に追い詰められていったとしても、周りには優しい人たちがいる。そういうドラマがあってもいい。いい人ばかりでもちゃんとドラマとして成立するので、なるべく優しい世界であってほしい、あまり意地悪しないでほしいと思ってしまうんですよ(笑)。
一戸:壮大なことは起きているんですけど、描いていることとしては、兄弟の1対1の関係性だったり、ライオン(愁人)を含めての三人の関係性、愛生を含めての四人の関係性だったりと、すごく身近なところを大切に描いています。
ーー楓には兄弟が障害でいじめられていたという過去があり、困っている人を助けたい思いから記者になったというバックグラウンドが見えてきます。最初は洸人たちを追い詰める存在に見えた楓が味方になると、最強の味方にも思えますが、次第に仲間が増えていくということをプロットで描いているわけではないんですね。
一戸:仲間になるかならないかというより、キャラクター自身を深掘りしていく過程で、洸人と楓の距離が縮まっていきましたね。
ーー最初にライオンが来たときは、小森兄弟の必死に作り上げた平穏な日常を壊す存在に見えました。でも、いつの間にか美路人とライオンの二人のコミュニケーションも、二人の時間も世界もできていて。そんな二人を洸人が嬉しそうに見るシーンが増えているのも嬉しくなります。
一戸:確かに関係性がちょっとずつ深まっていますよね。
徳尾:関係性の変化については、美路人が成長しすぎるのも、全く成長しないのも違うのではないかと思っていて。美路人は美路人なりに考えていることがあるので、ここでライオンとどうなるんだろうね、みたいなところはいつも立ち止まり、三人の関係についてじっくり話し合っていました。
一戸:例えば第1話では、美路人とライオンがすんなり仲良くなれないんじゃないかとか、どのぐらいの期間でどのぐらいの関係性になるか、「この行動はまだ早いんじゃない?」とか、逆に「今の二人だったら、これはできるんじゃない?」とか。
徳尾:今の二人だったら一緒に寝るかもしれないとか、常に三人の変わっていく関係について「今はどうなんだろう」と確かめながらやっていましたね。第4話ぐらいには、具体的にセリフには書かないけど「ここで洸人にはライオンに対する父性というか、ちょっとお父さんぽい感情が生まれるんだよね」とか。
一戸:洸人も最近出会ったばかりの子をいきなり抱きしめることはできないけど、ライオンが抱える寂しさや葛藤を察して、その時その時の距離感で接することができるようにと沢山話し合いました。
想像を超えてきたキャスト陣の芝居
ーー役者さんが演じることによって意外な発見もありましたか?
徳尾:特に美路人の場合、ASD監修の先生からご指摘をいただいたのは、「旅行に行きます」とか「会社(プラネットイレブン)に行きます」とか「お兄ちゃんは〇〇です」とか、直接的な表現を使うほうが自然だということでした。普段僕らは、あれとかこれとかそれとか、ふんわりした曖昧な言葉をよく使っているけど、そうじゃない。直接的でシンプルなセリフなんですよね。でも、実際に坂東さんは演じる中で、表情や手の動きを含め、セリフ以外の意味をお芝居で補ってくれているんです。こうして作り上げられた美路人というキャラクターの全体像は、セリフを書いている時には予想できないことでした。
ーー美路人の言動はどこまで台本で描かれているのですか? 例えば第1話の冒頭で、美路人が蛇口から水を出しながら、その水を指で切っていて、洸人が来て水を止めるやり取りなど、日常のルーティンは台本ですよね?
徳尾:ルーティンの行動自体は台本で書ける部分は書いているんですけど、美路人の仕草に関しては、ほとんど書いてないんです。あるのはシンプルな言葉と動作だけで。そこに絶妙な表情や仕草を加えて「ライオンがいなくて寂しいのかなぁ」とか「寂しい気持ちで夕日を見てるのかなぁ」とか「お兄ちゃんを勇気づけるためにここにいるのかなぁ」とか、坂東さんがお芝居で表現してくれています。
ーー美路人とライオンのやり取りもあまりにナチュラルです。
徳尾:あの二人のやり取りは、台本に縛られていない感じがすごく面白いんですよね。美路人が出張の準備をするシーンで、ライオンが図鑑を持ってくる前に1回落としてしまったりとか、いらないねと言われて変な顔をしたりとかしていて。ライオンは正面から撮られていないんですけどいろいろやっていて、何かドキュメンタリーを観ているようで面白いんです。
ーーライオンはヤンチャで自由で手がかかるようでいて、意外と大人の顔色を見るところもあり、後から虐待されていたことがわかると、切なくなります。子どもの解像度があまりにも高いですが、お二人の身近にヤンチャなお子さんがいたりするのですか?
徳尾・一戸:いないです(笑)。
徳尾:そう思っていただけるのは嬉しいですが、そこは監督の泉(正英)さんをはじめとする監督陣がしっかり大空くんと向き合って、ただセリフを言うんじゃなく、気持ちで演じるんだみたいな特訓をずっとしていたようなんですね。あの、のびのびとしたお芝居が生まれたのは、クランクイン前から築いてきた監督との絆がすごく大きいんじゃないかなと思いました。
一戸:現場やお芝居の部分でできているところはとても大きいですが、脚本について言うと、ライオンがヤンチャな理由には、お母さんから言ったらダメだと言われている部分だったり、年齢的にも言葉にするのが難しいこと抱えているという背景があるんですよね。そこは書く上で忘れないよう、ただ明るくはしゃいでいるわけではなくて、いろいろなことを経てここにいるんだということを常に意識していました。
ーー笑いの入れ方も絶妙で。美路人はすぐ「さよなら」と切ってしまうじゃないですか。リモートの打ち合わせで、相手が話し終わる前にノートPCをバタンと閉じたり、野菜を持ってきてくれたおばあさんもすぐ追い返したり(笑)。
徳尾:台本では「さよなら」とは書いているんですけど、ちょっと食い気味で言うのはお芝居ですね(笑)。演出の力も大きいと思いますけど、すごくリアルですよね。PCをバタンと閉じるのは台本にもあったのですが、モニターごしにどんぐりを船木さん(男性ブランコ・平井まさあき)に食べさせようとするのはアドリブです。
一戸:島に行った彼らならではのアドリブです。どこかでどんぐりを拾ったんだろうなあと想像したら、とても愛おしくなりました(笑)。
ーー他にも意外なアドリブはありましたか?
徳尾:僕は寅じいを演じるでんでんさんが自由にやってくれているアドリブが大好きで。記者が訪ねてきて、ライオンの写真を見せて「このお子さん、見ませんでしたか」と聞いてきた時に「この辺、ジジイばっかりなんですわ」と答えるところまでは台本ですが、「ババアもいるけど」とか、ずっと喋っているのはアドリブですね(笑)。寅じいは素人のはずなのにとぼけた芝居が上手いっていう(笑)。
ーー(笑)。ところで、愛生の見え方がどんどん変わっていくところがサスペンス要素を牽引していました。どこまでどう見せていくかは、どう計算されていたのでしょうか?
徳尾:それは台本を作っているときに、坪井(敏雄)監督を交えて「第1話でここまで見せる」「第2話ではこういう印象で見せたい」といった詳しい話をしました。話が進むごとに「ここってお母さんは(視聴者に)どういうふうに見えてるんですか?」とか「まだここの時点では虐待している母親に見えているはず」などと、松本さんに確認しながら作っていきました。どう見えているかは難しいんですよね。
一戸:第2話や第3話で愛生も出そうかという話もありましたが、「ここは謎に包まれているから、まだ伏せておこう」と話し合いました。柚留木(岡山天音)もまだ色々な捉え方ができるようにしたままで、洸人と美路人とライオンのヒューマンの部分をしっかり描いていこうと。
徳尾:第2話でライオンとはぐれたとき、ブランコの画像を送っているのは愛生という設定にして、最初は柚留木の部屋で愛生も見えてもいいんじゃないかとか、いろんなパターンが考えられたんですが、「いや、まだここで愛生を見せちゃダメだ。ここまで謎にしておいた方がいい」と話し合っていました。最初は敵か味方かわからなくて、第5話で愛生がネットカフェで涙を流すシーンでは「ここはもう良い人に見えているから、きっと大丈夫」と話し合ったのを覚えています。
ーーキャラクターの気持ち先行で、かつ視聴者にはどう見えるか、観る側の気持ちにも寄り添う複数の視点が設けられているわけですね。
徳尾:真実のストーリーと、ドラマとしてどう見えているかのラインは2本同時に考えて、矛盾がないようにしようと話しました。見せ方のために気持ちに嘘があると、物語が破綻してしまうので。愛生がこういう気持ちで動いていて、この段階ではこの部分が見えてきている、というふうなことをホワイトボードに書いたり、Excelに書いたりして、共有しました。
ーーExcelではどんな項目を立てて把握されていたんですか?
徳尾:横軸にキャラクターを書いて、縦軸に気持ちを書いて、みたいなやり方です。事件として起こっている事実と、ドラマとして面白いかどうかを混ぜて考えるとわけわかんなくなっちゃうんです。だから時系列ではこうだよね、でもこの話ではここを見せるのが大事だね、というのは表にしていきました。
ーーExcelを使って把握する作業は脚本家さんはよくやられる手法なのですか?
徳尾:Excelでやるかどうかは分からないですが、事実とドラマは分けたほうがいいというのは若い頃に気づきました。今回は気持ちの方を大事にしようということになったので、特に事実関係を把握することが必要でした。事件が深まっていくとハラハラはするけど、人物の気持ちがどんどん見えなくなっちゃうので、そのバランスに気をつけようと思いました。
ーーこの作品の人気も、まさに気持ちを最優先して描いているからですよね。
徳尾:それは松本さんもブレずにずっと大事にしていたことなので、僕も一戸さんも当初からサスペンス的なところはあるけど、三人の気持ちを大事にするというのは共通認識としてあって。一戸さんと「ここのヒューマンってなんだろうね」みたいな話し合いはよくしましたね。
ーー一戸さんはどう答えるんですか?
一戸:そこはみんなで考えていく作業でした。サスペンスは「何か」が分かるとお話が展開していくんですけど、それでヒューマンの部分を置いてけぼりにするのはよくないよね、と。例えば愛生や祥吾、サスペンスに関わる人たちを描くとしても、その中で人間的なところを描いていこうと考えていました。
ーーキャラクター全員がハマり役ですが、特にこの役をこの人が演じてくれたから成立したと思う人はいますか?
一戸:「全員」と言いたいですが……、記者の楓が違った角度で物語を進めてくれたり、違う視点で見せてくれたりするキャラクターで。ヒューマンのゆったりした時間の中にも、テンポある掛け合いも見せてくれる楓がとても魅力的です。桜井ユキさん、とってもカッコいいです。
徳尾:僕は今回、洸人というキャラがすごく新鮮で。言葉選びを僕も一戸さんも重要視している中で、すごく立ったセリフが必要なんじゃなく、日常にありふれたセリフなんだけど、なるべく相手のことを考えた丁寧なセリフを洸人はチョイスするだろうという共通認識を持っていたんですね。
ーーそれはドラマを観ていて伝わってきます。
徳尾:例えば牛肉を1キロも買ってきた美路人に対して、普通だったら責めるつもりはなくても「そんなに買ってきたの?」とか言っちゃうと思うんです。でも、洸人はそうは言わず、「また明日も食べられるよね」と言う。褒めると嘘になるけど、きつく何かを糾弾する必要はなくて、ちょっとだけ前向きな言い方をするのが、洸人らしいなぁと思って。そういう洸人が好きだし、気の利いたことを言うわけじゃない優しさみたいなことが、観ていても一番沁みるなぁと思うんです。それは僕としてもセリフを書いた満足感ではなく、何気ない日常的なセリフを見事に演じる柳楽さんのお芝居にすごく心打たれるんです。
“名言”ではないからこそ伝わる言葉
ーー例えば、SNSとかでバズりやすい、強く刺さる名台詞のような脚本はたくさんありますが、一つ一つが普通の言葉なのに、この人がこの流れ、この状況でこんな顔でこれを言うから沁みるんだと思わせてくれるのが、まさしく「ドラマ」ではないかと思います。気持ちスタートだからこそ、この人はこんなことは言わないというジャッジも大切ですか?
一戸:そうですね、たくさん考えました。また、「ありがとう」とか「ごめんね」とか、ありふれた言葉にこそ、その人の思いがにじみ出て温かいものになるんだなあと特に放送を観て感じました。場合によっては、いわゆる名言みたいなものを書きたくなるときがあるかもしれない。でも、自分がやっているのはセリフを書くことじゃなく、人間を描くことだから、それを忘れないでいたいなと思いますし、制作中もずっと意識していましたね。
徳尾:そこがこのドラマのいいところだなと思います。このドラマの名台詞って何だっけと聞かれたら、何も思い出せない感じがいいし、打ち合わせをしていて「ここの台詞は何がいいかな」と大喜利大会になっても、結局出てくるのが「疲れるなあ……」だったりして。特徴的なセリフではないんだけど、そこに到達するまでのストーリーや過程がしっかりしていれば、セリフは逆にありふれたものでもいいということに気づきました。
ーーその思いは視聴者に届いていますよね。最後に、最終回に向けてサスペンスもヒューマンも、どんなゴールに向かっていくのかを教えてください。
一戸:最終回に向け、サスペンスの中でもより人間的な部分が描かれていきます。そして、洸人と美路人があらゆる選択肢の中で何を選びどう生きていくのか。じっくり描けていると思うので、温かく見守っていただけたらと思います。
徳尾:いろんなものを背負って頑張ってきた主人公が、最後の最後にようやく自分のことを考えられるターンがやってきて、視聴者の皆さん全員が、一歩を踏み出す洸人を応援したくなるような最終回になっていると思います。是非テレビの前で、未来に向かう洸人の背中をそっと押してあげてほしいです。
■放送情報
金曜ドラマ『ライオンの隠れ家』
TBS系にて、毎週金曜22:00〜22:54放送
出演:柳楽優弥、坂東龍汰、齋藤飛鳥、佐藤大空(子役)、柿澤勇人 、入山法子、岡崎体育、尾崎匠海(INI)、平井まさあき(男性ブランコ)、森優作、桜井ユキ、岡山天音、でんでん、向井理、尾野真千子
脚本:徳尾浩司、一戸慶乃
主題歌:Vaundy「風神」(SDR/Sony Music Labels Inc.)
演出:坪井敏雄ほか
編成プロデュース:松本友香
プロデュース:佐藤敦司
編成:吉藤芽衣、中野翔貴
製作:TBSスパークル
©︎TBS
公式サイト:https://www.tbs.co.jp/lionnokakurega_tbs/
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