『化け猫あんずちゃん』は驚くほどに山下敦弘映画だった 実写×アニメの良さが活きた快作

『化け猫あんずちゃん』実写×アニメの良さ

 山下敦弘監督と久野遥子監督の共同作『化け猫あんずちゃん』は、実写映画好きもアニメ好きもどちらも面白がれる作品だ。

 本作は、実写映像をトレースしアニメーションを描く「ロトスコープ」という手法で制作されているが、その手法が実写とアニメーション両方の気持ちよさを上手い具合にもたらしている。

 カッティング、キャラクターの芝居とセリフの間の取り方は実写映画監督の山下敦弘のセンスだが、運動には手描きのアニメーションのカタルシスに溢れている。デフォルメの効いたキャラクターデザインに、類型的ではない動かし方で各キャラクターの個性を作っていて、動きの省略と強調の塩梅も良い。そして、同時録音の現場の音を活かして、不思議な化け猫や妖怪がいる世界にリアルな空間の拡がりを感じさせる。

幅広い表現が可能なロトスコープ

 ロトスコープという技法は、1910年代に『ポパイ』や『ベティ・ブープ』で知られるフライシャー兄弟が発明した。フライシャー兄弟は、実写映像にアニメ―ションキャラクターを共存させる『インク壺』シリーズなどを生み出し、実写とアニメーションの境界に敏感なクリエイターだったと言える。

 彼らがロトスコープを必要としたのは、絵を速く巧く描ける人材が充分に確保できなかったために、実写映像を下敷きにすることで画力を補うことを目的にしていたと、研究者の宮本裕子は指摘している(※1)。確かに想像だけで巧みな動きを描くのは高い技量が求められることで、スマートフォンも小型モニタもない時代に、実写映像を参照できる方法は画期的であったことだろう。当時は、作画を助けるためのツールとしての意味合いが強かったと思われる。

映画『化け猫あんずちゃん』<実写・アニメ比較特別映像>【2024年7月19日公開】

 アニメーターからは、しばしばロトスコープの是非をめぐって議論になることがある。動きを創造できる自由なアニメーションにおいて、実写映像の動きに制約される手法は安易ではないかというのが主な意見だ。さらに、ある種の「不気味の谷」問題にも通じるような、デフォルメされたキャラクターがやたら生々しい現実的な動きをすることの違和感が指摘される場合もある。

 そうした課題がありつつ、ロトスコープは今日でもしばしば用いられている。全編ロトスコープで制作された作品としては、近年では長濱博史監督『惡の華』(2013年)、岩井俊二監督『花とアリス殺人事件』(2015年、化け猫あんずちゃんの久野遥子も参加)、岩井澤健治監督『音楽』(2019年)などがある。

アニメ映画『音楽』に至るまでのロトスコープの長き歴史 “邪道な手法”と言われる時代は終わった?

「ベース、ベース、ドラム。こんなバンド編成があるのか!?」  アニメ映画『音楽』を鑑賞した、元バンドマンの知人が熱く語る姿が印…

 こうした近作のロトスコープ作品は、必ずしもこの手法は作画の底上げのためだけではなく、表現のスタイルとしてロトスコープが積極的に利用されている。

 『惡の華』は原作マンガから大きく絵柄を変えてまで、思春期の不安定な感情の危うさを剥き出しに表出する手段としてロトスコープが活用されている。通常のアニメキャラクターにはない、微細な身体の揺れまで作画で捉えたことによって、その不安定さが醸し出される結果を生んでいる。

 『音楽』においては、シーンによって実写映像のトレース度合いを変化させることで劇的な効果を生んでいる。通常のシーンでは線の少ない簡略化されたキャラクターたちを極力動かしすぎず描写し、一方でクライマックスの演奏シーンでは髪の毛一本いっぽんの動きまで捉えることで、高揚感を絵で表現する。

アニメーション映画『音楽』2020年12月16日 Blu-ray&DVD発売!

 ロトスコープは、その全ての動きをただ機械的に拾うのではなく、いかなる演出効果を狙っていくのかの解釈が求められる。ここにロトスコープのクリエイティビティがある。

 久野監督は、この点に極めて自覚的な作家だ。約1分の短編『Spread』に、久野監督のロトスコープという技法に対する姿勢が詰まっている。

 この作品について久野監督は、「当時ロトスコープに苦手意識を持っている人に会う機会が多かったので、絵のデフォルメ次第でこれだけ幅のある表現が可能になるんだということを、一本の作品で証明しようと思った」と語る(※2)。

 この短編では、赤ん坊の動きを精緻に捉えるアニメーションが次第に変化していき抽象化されていく。動物や無機物にまで変化させたところから再び精緻な赤ん坊の描写へと戻る。ロトスコープとひと口に言っても、これだけ豊かな選択肢があると短い時間で端的に表現している。

 『化け猫あんずちゃん』にもこれと同じ姿勢が見てとれる。森山未來演じるあんずちゃんは大きな猫だが、演じる森山は人間であるため、大きくデフォルメした上で芝居を実写から拾っている。一方でかりんについては、もう少し演者本人に近いデザインを採用している。キャラクターデザインの抽象度が様々に工夫されており、線もシンプルにすることで、動きを際立たせて細かい芝居が効果的に見えるように工夫されている。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる