『ホールドオーバーズ』はアレクサンダー・ペインの“リベンジ”作 “図らずも”の作法
アレクサンダー・ペインは決して多作の作り手ではないが、一作一作、確実に評価を高め、アカデミー賞やゴールデングローブ賞をはじめとして受賞歴、ノミネート歴の豊富な映画作家である。ジャック・ニコルソン主演の『アバウト・シュミット』(2002年)、前述の『サイドウェイ』(2004年)、ジョージ・クルーニー主演の『ファミリー・ツリー』(2011年)、ブルース・ダーン主演の『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(2013年)、マット・デイモン主演の『ダウンサイズ』(2017年)。多少の出来不出来があるにせよ、いずれも観客の心に沁みわたる旅立ちを描いた好編ばかりである。
しかしながら、異常なまでにスパイスの効いた初期作品『Election』のブラックユーモアに匹敵するものをどうしても提示することができなかったというのが筆者の見解だった。今回の『ホールドオーバーズ』においては前半で居残り、滞留が描かれ、後半になるとボストン市内への小旅行によっていつもの調子を取り戻す。こうした対照的な2部構成が、登場人物をしたたかに揺さぶり、生成変化を促進する。
本作はアレクサンダー・ペインにとって『Election』へのリベンジであり、陰画である。極度の野心家というだけで悪役のような印象をもたらしてしまった『Election』の女子学生の名誉挽回になっているかはわからない。出来心によって不正をはたらき、失脚する人気教諭の名誉挽回にもなってはいないだろう。しかし、心の救済とエンパワーメントへと運動曲線を持っていくことができたことで、あまりにも傑作の誉れ高い『Election』へのリベンジを、アレクサンダー・ペインが果たせたのではないかと思える。
最後にアレクサンダー・ペインに関連した事柄を2つほど紹介して締めくくりたい。1つめは次回作について。彼は現在、ジャニーン・ベイシンガー(Jeanine Basinger)についてのドキュメンタリー作品に取り組んでいる。今年88歳を迎えた彼女は映画研究の草分けであり、60年以上にわたって大学教育における映画学の確立に貢献してきた彼女の足跡を辿ろうとしている。
もうひとつは悲しい知らせだ。『Election』で衝動的に生徒会選挙に立候補し、優等生トレイシー・フリックの対抗馬となる反抗的な女子学生タミー・メッツラー。彼女は『ホールドオーバーズ』のアンガス・タリーの原型のようなキャラクターと言っていいかもしれない。そのタミー・メッツラーを印象的に演じていたジェシカ・キャンベルは、演技の道を捨てたあと、自然療法医となったが、2020年12月に40歳で死去している。まだ10歳の一人息子オリヴァー君を残して。
■公開情報
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
TOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開中
監督:アレクサンダー・ペイン
脚本:デヴィッド・ヘミングソン
出演:ポール・ジアマッティ、ダヴァイン・ジョイ・ランドルフ、ドミニク・セッサ
配給:ビターズ・エンド ユニバーサル映画
Seacia Pavao / © 2024 FOCUS FEATURES LLC.
133分/1.66:1/2023/アメリカ/日本語字幕:松浦美奈
公式サイト:www.holdovers.jp
公式X(旧Twitter):@TheHoldoversjp