映画館の“聖地化”には“情熱と愛”が試される!? 『マッドマックス』『RRR』の例から考える

映画館の“聖地化”には情熱と愛が試される

 東京は立川にある独立系シネコン、【極上音響上映】【極上爆音上映】で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第50回は「映画館における“聖地”の作り方」について。

 「聖地」という言い方はすっかり根付き、むしろ文字通りにそれをエルサレムとか、ルンビニと捉えられることはほぼなくなりましたね。そういえば、「○○のメッカ」という言い方も死語になりました。

 現在の日本で「聖地」と言えば、多くの場合がアニメやドラマや映画に関連した場所、という認識になるでしょう。別にそれは今に始まったことではなく、古くは70年も前の『ローマの休日』で描かれた「真実の口」とかジェラートを食べる「スペイン広場」などは、今もなお世界中の映画ファンの観光名所になっています。

 この文字通りの意味とはまたちょっと違った意味で、映画館でも極まれに、どこかの劇場が「聖地化」することがあります。

『RRR』©️2021 DVV ENTERTAINMENTS LLP.ALL RIGHTS RESERVED.

 例えば、現在そうなっている劇場を挙げれば、今なおインド映画の傑作『RRR』の上映を続けている兵庫県尼崎市の塚口サンサン劇場は、他のいくつかの作品でも「聖地」となっている関西地方では有名な映画館です。

 いわゆるシネコンではない、スクリーン数は4つの小さな映画館ではありますが、特に名高いのは「マサラ上映」といういわゆる応援上映の過激版。歓声や拍手、ペンライトOKはもちろん、タンバリンなんかの鳴り物を使ってOKだったり、クラッカーを鳴らしたり、立ち上がって紙吹雪を巻いたりしてもOKという大騒ぎの上映スタイルを継続的に行っていることで名を馳せています。驚くのは参加したお客様が終映後は自ら掃除して帰るというのです。この空気を成立させたことの凄み。

 それだけでなく『ガールズ&パンツァー 劇場版』という戦車での戦闘を高校の部活のように競い合うというアニメ作品の上映時には、なんとスタッフ自らの手で館内に段ボールを使って実物大さながらの巨大戦車を作成。ファンの度肝を抜きました。

 塚口サンサン劇場は何かの作品の舞台になっているわけでもなく、高性能の映像機器を備えているわけでもなく、ただ作品への横溢する情熱や愛情でファンの心をつかみ「聖地」と呼ばれるようになり、地方でありながら日本全国からファンを集めることに成功している奇跡の映画館です。

 あまりにもすごいので、その軌跡を記した本まで出版されているほどです。『まちの映画館 踊るマサラシネマ』(戸村文彦著/西日本出版社)。ほかにも面白いことをたくさんされています。詳しくはこの本で。

 大手シネコンチェーンでも、スタッフの熱意で「聖地化」した例がいくつかあります。長くなってしまうので簡単に紹介させていただきますが、例えばイオンシネマ幕張新都心は、主にアニメ作品の音響監督で知られる岩浪美和さんとがっちりタッグを組んで音響調整を行い、岩浪さん参加作品で一躍名を上げました。

 また『ボヘミアン・ラプソディ』の時の成田HUMAXシネマズも、IMAX劇場を有しているのを活かして、やはり熱いスタッフが装飾に凝ったり、MCで登場して応援上映を盛り上げたりしてファンの間で聖地のひとつに数えられました。

『マッドマックス 怒りのデス・ロード』©Warner Bros. Feature Productions Pty Limited, Village Roadshow Films North America Inc., and Ratpac-Dune Entertainment LLC

 そして僕がそもそもこのコラム連載のお誘いをいただいたきっかけとなったのも『マッドマックス 怒りのデス・ロード』での立川シネマシティの「聖地化」がきっかけでした。

 公開の数年前に『マッドマックス 怒りのデス・ロード』が製作されるという情報が出始めた頃には「今さら『マッドマックス」? 監督いくつよ、無理でしょ」と正直思っていましたが、やがて発表された本国版の予告編を観て、震えました。「これはとんでもない作品なのでは……!?」

 ……いくしかない。僕の中の映画ファンとしての魂がうずいたのです。

 ハリウッド版『GODZILLA/ゴジラ』から始めた【極上爆音上映】という、それまで行ってきた【極上音響上映】のエンタメ版とでもいいましょうか、大規模コンサートで使用されるハイパワーで高性能なサブウーファーを使用し、音響の専門家にその作品、そのスクリーンのために綿密な調整を行ってもらうという、これまでの映画館では考えられなかった上映スタイル。

 それまでは【極爆】実施期間にサブウーファーをレンタルしていましたが、もう『マッドマックス』ではいくしかないだろうという気持ちを抑えられなくなりました。

 音響家の方に、現時点で考えられる最高性能のサブウーファーはいったいいくらするのかと相談。出てきた数字は一般的な映画館ならそれだけで1スクリーン分一式スピーカーが揃うくらいの金額でしたが、狂気を掲げる作品には狂気で応えるしか選択肢がありません。

 経営陣には「『マッドマックス』で元は取れなくても、冬になれば『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』が来るからどうにかなるでしょ、知らんけど」と説得。もう春が訪れようとしていた頃、なんとしても公開日の6月20日までに間に合わせてもらうように急いで手配してもらいました。

 こんなことを言ってはなんですが、いろいろなところに髑髏をあしらった魔改造車やバイクが群れで爆走し、白塗りの男たちが跋扈する、とてもじゃないけれど大きなヒットは狙えそうもないヤバい絵面の作品です。世界中の賞レースを賑わせたのは、あとの話。

 だが信じて莫大な投資をする。この暴走こそ、この覚悟こそ、「愛」を伝えるのに最もふさわしい手段だと思いました。

 映画館は、もっと面白くなれる。

 ……しかし結果は、最初は厳しいものでした。作品は期待を遥かに越える最高のものだったのに。

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