『ブギウギ』はなぜ“勝負”を真正面から描かなかった? 朝ドラが向き合う“多様性”の現在

『ブギウギ』なぜ“勝負”を描かなかった?

 スズ子(趣里)の前に立ちはだかったのは、大和礼子(蒼井優)の遺児だった。世間で注目の新人歌手・水城アユミ(吉柳咲良)は、橘アオイ(翼和希)が「歌と踊りの天才になる」と予言した通りになった。朝ドラことNHK連続テレビ小説『ブギウギ』第25週「ズキズキするわ」はみんな大好き、因縁話である。

 第24週の羽鳥(草彅剛)のビッグパーティーのためのラインダンスの練習中、スズ子が「もっと上げる!」と言っていたとき、久しぶりに大和を思い出した視聴者もいただろう。アユミの登場は決して唐突ではない。スズ子の心に梅丸少女歌劇団魂と、尊敬していた大和の教えがいまも息づいていることを感じさせての第25週なのだ。

 礼子の夫でアユミの父である股野(森永悠希)も再登場した。懐かしい。でも、いまや、股野とアユミ父娘は、スズ子にとって生き馬の目を抜くような芸能界のライバルとなっていた。

 おりしもスズ子のブームは下火に……。年齢的にもパワーが出せなくなっているうえ、ブギも飽きられてきていた。大晦日の人気番組『オールスター男女歌合戦』でトリをとることになったものの、その前に新鋭のアユミを歌わせてほしいとテレビ局の敏腕ディレクター・沼袋勉(中村倫也)に頼まれる。アユミからはそのときスズ子の『ラッパと娘』を歌いたいと請われたが、スズ子は首を縦には触ることができない。

 『真相婦人』の記者・鮫島(みのすけ)も相変わらず、新旧交代劇を煽る記事を書いてくる。ドラマでははっきり描いていないが、もはや勇退のための花道を用意されたようなものとも解釈できる。スズ子は大御所であり、過去の功績が大きな分、次第に人気にかげりが見えてきても、誰も無下にはできないという、業界のなかでなかなか難しいポジションにいるのだろう。

 たぶんものすごくしんどい状況である。でもそれをドラマでははっきり描かない。スズ子の衰えについても、彼女が口で言っているだけで、具体的には見せない。新旧交代のリアルは描かれないのだ。例えば、『カーネーション』では、尾野真千子から夏木マリに役が変わったことで、人間が老いて変貌することのリアリティが表現されていた(夏木マリはお手入れが行き届いているけれど)。その点『ブギウギ』は現実にベールをかけている。趣里がエイジレスなので余計に衰えというものがピンとこない。

左から、柴本タケシ(三浦獠太)、股野義夫(森永悠希)、福来スズ子(趣里)。 日帝劇場・舞台袖にて。水城アユミのステージを見つめるスズ子。

 『ブギウギ』の前半は世界の光と影を描くと制作統括は語り、梅丸少女歌劇団では同期のギスギスや労働争議、出生の秘密を知った絶望、弟・六郎(黒崎煌代)の戦死とつらいことも描かれてきた。だが、愛助(水上恒司)の死以降、スズ子は随分のんきになってしまった。愛子至上主義で、愛子のことばかり。それが彼女の芸能活動にも影響を与えたということかもしれない。

 『男女歌合戦』でアユミが「ラッパと娘」を歌うことを了承したスズ子は、自分の歌う歌に「ヘイヘイブギー」を選んだ。その理由も、これは愛子の歌だからだ。「ヘイヘイブギー」はドラマではパターン崩しで、ステージ上では披露されず、愛子の子守唄のように歌われただけだった。それがスズ子のスタンスが芸能の仕事から家族に移ったことを思わせる描写ともいえるだろう。

 晴れ舞台で「ヘイヘイブギー」を歌うにあたり、スズ子は「ワテはいま愛子のために歌いたいんです」と羽鳥に宣言した(第120話)。当日、客席には愛子がいて、「マミー最高」と最高の笑顔を見せる。自信のあった徒競走で転校生に負けてしょげていた愛子を、スズ子は歌を通して励ましたようにも見えた。

 歌合戦の前に、スズ子は愛子や大野(木野花)たちと延々、勝つか負けるか、勝負するか逃げるか、言葉を尽くして語っていたが、わかるようなわからないような、糸を引いた納豆のような感触だった。それが歌なら一発、ご機嫌になる。勝つか負けるか、挑むか逃げるかはその時次第。まずは前向きに。明るいほうへ心を向けることが大事なのだと歌の説得力強い。

 音楽とは暗闇の案内になる光だ。暗闇で迷う娘のために歌うことが、結果的には、不特定多数の多くの人たちの孤独にも自分ごとのように届いた。

 おりしも、金曜ドラマ『不適切にもほどがある!』(TBS)でベテラン作家・エモケン(池田成志)に「たった一人の孤独な人間のために書いている」というセリフがあった。これは『怪物』がカンヌ国際映画祭でクィア・パルム賞を受賞したとき坂元裕二が「たった一人の孤独な人のために書きました」と語った言葉を意識したものであろう。もっとも、こういう考え方は坂元の専売特許ではない。ものをつくる人間は意識することではあるのだが。

左から、水城アユミ(吉柳咲良)、茨田りつ子(菊地凛子)。 日帝劇場・舞台袖にて。スズ子の圧巻のステージを食い入るように見つめる水城アユミ。

 スズ子もまた、「たった一人の孤独な人間のため」――愛子のために歌い、その大きな愛情が多くの観客を喜ばせた。アユミが悔しそうにして手拍子を打っていないのは、スズ子の歌のほうが圧倒的と感じたからだろうか。だとしたら、若さゆえ、スズ子を意識し過ぎて、自分を見失ったことが敗因だろう。

 あくまで予想でしかないが、このエピソードを櫻井剛が担当していたら、「たった一人のために」という常套句もなんなら使用して、登場人物の葛藤からの発見を視聴者に伝えようとしたのではないかという気がする。そういうときこそ、鮫島というファンクションキャラに解説させてもいいだろう。麻里(市川実和子)もいる。

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