『葬送のフリーレン』が成功した“時間と感情”の描き方 斎藤圭一郎監督の演出を振り返る

『葬送のフリーレン』の演出を振り返る

 一級魔法使い試験の二次試験も同様の試みが伺える。ここで強力な敵となるのが、複製体のフリーレンだ。かつての魔王討伐のメンバーであり、世界屈指の実力を持つフリーレンを擬似的に相手にすることで、人間という種族が進化し続けている姿を描き出そうという意図を感じる。原作の構成を引き継ぎながらも、各話の演出のキモを外さないことで、よりその意図が明確に際立っている。

 そして感情を描くための工夫として、現在のパーティに目を向けたい。弟子である少女のフェルンと、戦士のシュタルクという2人と共に旅をしているが、2人の恋愛に至らない微妙な関係が、漫画よりも強調して描かれている。これは旅を通してフリーレンが最も理解できなかった人間の感情、つまり勇者ヒンメルが向けてくれていた好意を知るために必要な行程である。

『葬送のフリーレン』

 フェルンとシュタルクの関係性は、かつての勇者一行にはなかったものだ。フェルンはかつての旅の仲間である僧侶ハイターに育てられており、その後フリーレンに弟子入りする。そのため、思春期以降にハイターとフリーレン以外で濃厚な人間関係を築ける機会は少なかった。そこで登場するのがシュタルクである。視聴者から見れば2人の関係は恋仲に近いようなものであるものの、時にはフェルンの理不尽とも言える感情の変化に振り回されてしまうシュタルクが不憫に見えるときもある。

 しかし、同年代の恋愛対象となる存在がいなかったとこともあり、フェルンはその距離感と自身の感情をうまく処理することができないでいる。それを年長者として眺めるのがフリーレンという構図となっている。ここでフリーレンは擬似的に、かつての自分が知ることができなかった、恋愛感情が熟成されていく様子を見ていることになる。その結果、ヒンメルが自身に対して、どれほどの気持ちを向けていたのかを、徐々に理解していく一助となる。

 そして過去にヒンメルがフリーレンに行ったことを回想で挟むことによって、フリーレンは人の思いとその意味を知っていくことが理解できる映像となっている。ただし視聴者はヒンメルの行動が恋愛としての好意によるものだと認識するものの、フリーレンはまだ人の感情に対してドライなところがある。視聴者とフリーレンは行為の意味を知っていくという意味では同じ立場でありながらも、感情的には一致することはない。一種の鈍感系主人公の様相を示しているのも、コメディとしても効いている。

 フリーレンが旅を通して人間のさまざまな感情を知っていっても、すでにヒンメルはこの世にいない。フリーレン自身は長命が故のドライな性格なために苦悩することはないが、本質的にはすでに手遅れなことを知っていくという悲しい物語だ。それを悲しく見せないために、フリーレンの性格はエンターテインメントとして成立するために欠かせないものであり、絶妙なバランス感覚の上に成立している。

 このように原作の物語をうまく活かしながらも、TVアニメはそれをより強固にするような演出が重ねられることによって、時間と感情の変化が視聴者に伝わるようになっている。原作と映像化のあり方は様々な議論がなされているが、今作は幸せな結果になっていることは疑いようがないだろう。

■放送情報
『葬送のフリーレン』
日本テレビ系「FRIDAY ANIME NIGHT(フラアニ)」枠にて、毎週金曜23:00〜放送
キャスト:種﨑敦美、市ノ瀬加那、小林千晃、岡本信彦、東地宏樹、上田燿司
原作:山田鐘人、アベツカサ『葬送のフリーレン』(小学館『週刊少年サンデー』連載中)
監督:斎藤圭一郎
シリーズ構成:鈴木智尋
キャラクターデザイン・総作画監督:長澤礼子
コンセプトアート:吉岡誠子
魔物デザイン:原科大樹
アクションディレクター:岩澤亨
美術監督:高木佐和子
美術設定:杉山晋史
色彩設計:大野春恵
3DCGディレクター:廣住茂徳
撮影監督:伏原あかね
編集:木村佳史子
音響監督:はたしょう二
音楽:Evan Call
アニメーション制作:マッドハウス
OPテーマ:YOASOBI「勇者」
EDテーマ:milet「Anytime Anywhere」
©山田鐘人・アベツカサ/小学館/「葬送のフリーレン」製作委員会
公式サイト:https://frieren-anime.jp
公式X(旧Twitter):https://twitter.com/Anime_Frieren

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