『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』大ヒットだからこそ考えたい、戦争の描き方
しかし、特攻の悲劇性にはほとんど言及されていない
ただし、前者に関しては、特攻による悲劇的な別離を描いている一方で、特攻の悲劇性にはほとんど言及されていないところが気になってしまう。鴻上尚史はベストセラーとなった『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』(講談社現代新書)で、「特攻隊は『命令した側』と『命令された側』があって、この両者をひとつにして『特攻隊とはなんだったのか?』を考えるのは無意味だと思う」と記している。
戦後、共有された特攻隊についての物語は、「命令した側」の視点に立ったものが多い。みなが特攻を熱望し、静かに微笑みながら出撃する。これらは「命令した側」から流布されたイメージであり、特攻隊員として亡くなった人たちに対して哀悼の意を捧げるのと、「命令した側」の問題点を追及するのは別だと鴻上は指摘している。本作には「命令した側」は登場しない。特攻の歴史を知ることは大切だが、このような描き方では、なぜこのような悲劇が起こってしまったのか、もっと言えば、なぜ特攻隊が生まれてしまったのか、なぜ彼らは自ら死を遂げなければいけなかったのか(命令されたからである)を考えることは難しい。
戦中の殺伐とした空気も描かれていない。戦中の歪みは憲兵(津田寛治)ひとりに押し込められており、彼以外はむしろ穏やかな人ばかりが助け合い、慈しみ合って生きるユートピアのように見える。実際はもっと殺伐としたものだった。終戦時11歳だった脚本家・山田太一が手がけたドラマ『終りに見た街』(テレビ朝日系)は本作と同じく戦中へタイムスリップした現代人を描くフィクションだが、そこで描かれた戦中の人々は軍人も庶民もひどく殺伐としていた。本作で描かれた世界とは180度異なる。
戦争や特攻隊について解像度をもう少し上げなければ、ただの「泣ける」ドラマになってしまうのではないだろうか。戦争が描かれていないので、米軍による空襲シーンがなんだか怪獣映画やSF映画の一場面のように見えてしまった。特攻での別れと映画『アルマゲドン』での別れがあまり変わらないような気がしてしまう。
後者について触れてみよう。現代に戻ってきた百合は、原作でも映画でも、与えられた平和で前向きに生きようと心に誓う。これ自体は大切なことだ。原作では世界中で起こっている戦争に思いを馳せている。一方、映画では人助けのために命を落とした父を心の中で赦していた。このことから、もはや百合の心の中に特攻を「無駄死に」「自爆テロ」と思う気持ちは霧消しているのがわかる。原作には「たくさんの苦しみと悲しみと犠牲の上に築かれたこの新しい世界で、私たちは、これからも生きていく」と記されていた。このような考え方は『永遠の0』などにも共通している。
日本の戦争というテーマは、2023末に公開された『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』、『窓ぎわのトットちゃん』、特攻というテーマは2023年11月に公開された『ゴジラ-1.0』と共通している。一気にこのようなテーマの映画が揃うのは珍しい(しかも作品のスタイルがまったく異なっている)。それだけ戦前・戦中についてあらためて考えたいという人が観客にも作り手側にも増えたのかもしれない。また、戦前・戦中を生きた作り手がほとんどいなくなったことも大きいだろう。戦後生まれでまったく戦争を知らない人が、自分の裁量と視野で戦前・戦中を描くことができる時代になった。同じ戦前・戦中を描く映画でも、作り手によってまったく内容が変わる時代になってきたとも言えるだろう。
『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』『窓ぎわのトットちゃん』が“新しい戦前”のいま作られた意義
現在話題の二つのアニメ映画、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』(古賀豪監督)と『窓ぎわのトットちゃん』(八鍬新之介監督)には大きな共通点…
先ほども触れた山田太一は、特攻隊の生き残り・吉岡(鶴田浩二)が若者たちとふれ合うドラマ『男たちの旅路』(NHK)を書いている。若者の一人・杉本(水谷豊)は吉岡にこのような言葉を浴びせていた。
「戦争には、もっと嫌なことがあったと思うね。どうしょうもねえなあ、と思ったこととか、そういうこと、いっぱいあったと思うね。戦争に反対だなんて、とても言える空気じゃなかったって言ったね。だいたい反対だなんて思ってもいなかったって言った。いつ頃から、そういう風になっていったのか、俺はとっても聞きたいね」
もはやまわりには戦争を体験した人間は数少ない。だとしたら、戦争の悲劇を伝える映画はあったほうがいい。そのとき、戦争を伝える解像度はもう少し上げてもいいのではないか。特攻を単なる「悲しい別離」にしてしまってはいけないような気がするのだ。
■公開情報
『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』
全国公開中
出演:福原遥、水上恒司、伊藤健太郎、嶋﨑斗亜(Lil かんさい/関西ジャニーズJr.)、上川周作、小野塚勇人(劇団EXILE)、出口夏希、中嶋朋子、坪倉由幸、松坂慶子
監督:成田洋一
脚本:山浦雅大、成田洋一
原作:汐見夏衛『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』(スターツ出版文庫)
主題歌:福山雅治「想望」(アミューズ/Polydor Records)
配給:松竹
製作:映画「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」製作委員会
©️2023「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」製作委員会
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