令和版『うる星やつら』は純度100%の高橋留美子作品だ 過去作から引き継いだ魅力とは

『うる星やつら』が過去作から引き継いだ魅力

 1月11日から第2期の放送がスタートするTVアニメ『うる星やつら』の令和版から浮かぶのは、世代も国籍も超えて集めて割り出した“これぞ高橋留美子アニメ”といった雰囲気だ。最初のTVシリーズから始まり『めぞん一刻』や『らんま1/2』や『境界のRINNE』といった漫画のアニメ化を経てたどりついた、“アニメ版るーみっくわーるど”として観る人の中にするすると吸収されていく。

TVアニメ「うる星やつら」第4弾PV

 「誰のラムちゃんが好き?」。ファンが集まればそんな会話が始まるくらい、1981年から放送がスタートした『うる星やつら』の昭和版アニメは、ラムをはじめとしたキャラクターたちが実に多彩な顔立ちになって登場した。例えばラム。スタート当初はキャラクターデザインの高田明美が手がけた、天野喜孝のタッチを思わせる吊り目気味の顔立ちだった。これが、エピソードが重なるにつれて顔が丸くなったり目が大きくなったりと、手がけたアニメーターの感性が乗った顔立ちになっていく。

 もっとも、原作の高橋留美子が描くラムも漫画の連載が始まった当初と、中盤以降とではずいぶんと表情が変わっている。『めぞん一刻』の最初期も含めた1980年ごろの高橋留美子が描く女性キャラの顔立ちは、目がつり上がったキツめの表情をしていたが、『うる星やつら』のテレビアニメが始まるころには目も丸くなり、愛らしさが先に来るものになっていた。

 そんな原作の変化を先取りして拡大解釈し、独自解釈すら交えてアニメーターたちが描いたことで、森山ゆうじ版がやはりキュートだとか、土器手司版がエモーショナルさ一番だとか、西島克彦版こそが高橋留美子キャラの愛らしさの神髄を具現化しているといった声が飛び交う事態となった。設定からの少しのズレも作画崩壊だといって騒ぐ現代からは考えられない大らかさだ。

 
 それでも、ラムという美少女キャラの象徴を題材に、腕を見せ合って来たからこそ、アニメーターの特徴が世に知られ、それぞれについたファンが後の作品へと付いていって日本のアニメの多様性を支えたのだから、そうした“競演”も悪いものではなかったかもしれない。原作者の高橋留美子自身がそうした差異を、どのように捉えていたかは気になるところだが。

 原作については、『めぞん一刻』の終盤や『らんま1/2』の連載時には高橋留美子の絵柄もある程度固まっていて、『犬夜叉』や『境界のRINNE』といった長期連載作品や、『高橋留美子劇場』のような短編で発揮されていく。絵柄がブランドとして固まったともいえる。そうした時代を経て高橋留美子作品のアニメを見る人が注目するポイントは、アニメーターの腕前がどこまで発揮されているかではなく、高橋留美子の雰囲気をどこまで再現できているかになる。

 中嶋敦子による早乙女乱馬は、女らんまでも男乱馬でも愛くるしさで大勢のファンを虜にした。池田晶子による犬夜叉も、豊かな表情を見せてくれて、後の『涼宮ハルヒの憂鬱』や『響け!ユーフォニアム』といった京都アニメーション作品へとファンを導いたが、高橋留美子度ではどうだったかというと、意見の分かれるところだろう。

 そういう意味で、そういう意味で、アニメシリーズ『高橋留美子劇場』は、漫画版に描かれたキャラクターたちの顔立ちや仕草が、巧妙に再現されていると言える。造形だけなら高橋留美子がキャラクターデザインを手がけたゲーム『機動新撰組 萌えよ剣』のアニメも、なかなかの再現度だ。

 そうした経験値を積み重ねてきた果てに登場した令和版『うる星やつら』が、高橋留美子っぽさを存分に持っていることはある意味で当然だ。それは、原作漫画の『うる星やつら』そのままということではない。連載期間の間に変化した絵柄の最大公約数ということでもなく、その後の数々の作品の中で固まっていった高橋留美子らしさを、令和版『うる星やつら』のキャラたちにフィードバックしたものだと言う方が正しいのかもしれない。

 
 そうしたキャラクターを動かしながら、内容については原作の持っていた巧妙なやりとりと描かれるおかしな日常をそのまま描いて、動く漫画を見ているような気にさせられるものとなっている。殴ったり叫んだりする時に飛び出す文字も漫画のままだ。

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