『Saltburn』が真に描いたものは何だったのか 再び証明されたエメラルド・フェネルの才能

『Saltburn』が真に描いたものとは?

 現在、世界の至るところで問題になっている性加害問題を個性的なアプローチで鮮烈に描き、「#MeToo」運動が顕著になってきた時代を象徴する映画作品の一つとなった『プロミシング・ヤング・ウーマン』(2020年)。俳優としてのキャリアがあり、最近は『バービー』(2023年)にも出演しているが、長編監督デビュー作で、このような話題作をモノにしたエメラルド・フェネル監督は、一躍クリエイターとして注目の的となっている。そんな彼女が、再び監督、脚本を務めた長編映画第2作『Saltburn』が、Prime Videoで配信されている。ちなみに『バービー』主演のマーゴット・ロビーは本作のプロデューサーだ。

 今回題材となるのは、打って変わって「格差」の問題となる。名門オックスフォード大学に入った平凡な男子学生の主人公と、同じ大学に通うイギリスの城に住む貴族の男子学生との交流や、ひと夏の経験を通して、社会の歪みを暴き出していく。そして物語は、『プロミシング・ヤング・ウーマン』同様、意外な方向へと転がっていく。しかし、その描き方は比較的難解なため、解説が必要になるかもしれない。ここでは、本作『Saltburn』が真に描いたものが何だったのかを、背景の情報や作中の描写などから明らかにしていきたい。

 なぜ、エメラルド・フェネル監督はオックスフォード大学の内幕を描こうとしたのか。じつは彼女は学生時代、オックスフォード大学内の教育機関に在籍していたという経歴を持っている。(※)オックスフォード大学の卒業生ではないものの、施設を利用したり、活動に参加できる立場にはあったはずだ。つまり、大学の様子を内側から見ることができる環境にいたということなのだ。

 オックスフォード大学といえば、ケンブリッジ同様に、世界一にランキングされることも多い、超名門校だ。多くのイギリス首相を排出し、スティーヴン・ホーキング博士や哲学者ロジャー・ベーコン、作家のルイス・キャロルやJ・R・R・トールキンなど、錚々たる顔ぶれの出身校になっていたり、現在の天皇をはじめ日本の宮家も留学先に選んでいる。ちなみに、本作出演のロザムンド・パイクも出身者。当然ながら学費も高く、平均的なイギリスの大学の2倍から5倍ほども授業料がかかるのだという。

 周知の通りイギリスには、いまだ強い階級意識がはびこっている。古い歴史を持つ名門校の中ならば、なおさらであろう。バリー・コーガンが演じる、優秀な成績により奨学金を得て入学した、非・上流階級の学生オリヴァーは、まさにそんな保守的な伝統の世界の洗礼を受ける。学内では家柄や学閥、さらには地域格差が幅を利かせ、教授ですら権力に近い学生を優遇し、後ろ盾のない学生を軽視している。日本にもこのような事例は存在するが、ここまでの露骨な現実に直面して、オリヴァーは打ちひしがれるのだった。こんな強烈な体験をしてしまえば、価値観が歪んでしまっても不思議ではない。

 このあたりに、フェネル監督らしさがあるといえよう。『プロミシング・ヤング・ウーマン』では、表向きに公平さを装った社会が、女性にとっていかに生きづらい場所になっているか、いかにこれまでの慣習やシステムが社会的弱者にとって信用ならざるものであるかということを、一歩も引くことなく表現していた。その意味では『バービー』にも共通する辛辣さがあるといえる。そして本作では、世界トップクラスであるはずのオックスフォード大学でも、身分や財力が不足していれば、正当な評価が得られない現実が存在するということを、近くにいた立場から告発しているといえるのである。一見、過激な描き方であるように思えるが、じつは力を持たない者に寄り添って、その視点を共有するからこそ、最終的にこういったバランスとなると考えられる。これがまさに、“現代”の表現といえるのだ。

 打ちひしがれるオリヴァーの前に登場するのが、フィリックス・キャットン(ジェイコブ・エロルディ)という学生だ。彼は裕福な学生たちのなかでも群を抜いた家柄であり、「ソルトバーン」と呼ばれる土地に広大な敷地と城を持つ、数々の伝説が残る一族の嫡男であった。それを知る女子学生たちのなかには媚を売る者も多く、他の男子学生たちはそんな状況を眺めながら「やっぱ貴族でデカい城持ってないとな……」と嘆息する。オリヴァーにしてみれば、なおのこと“雲上人”といえる存在だ。

 そんなフィリックスは、自分を信奉する女子を軽んじているところがあるものの、他の学生がオリヴァーを蔑視するなかで、彼に分け隔てなく接するばかりか、親友として扱ってくれる稀有な人物だった。これはおそらく平等主義に傾倒しているというよりは、学生のなかで特権的な存在であるために、そこそこ裕福な者とそうでない層との差に、さほどこだわる意味がないと考えているということなのかもしれない。

 オリヴァーは、そんなフィリックスの屈託の無さと、苦労を知らない堂々とした生き方に、ある種の強い感情をおぼえていく。それは羨望の念のようでもあり、同性愛のようでもある。もっといえば、“同一化願望”に近いようにも思えてくる。

 フィリックスとの交流を深めていくオリヴァーは、ついに夏の間「ソルトバーン」に滞在することを提案されることになる。フィリックスの父親(リチャード・E・グラント)や母親(ロザムンド・パイク)、姉(アリソン・オリヴァー)、従兄弟(アーチー・マデクウィ)などとともに、歴史ある城で新学期まで優雅に過ごすのだ。

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