『呪術廻戦』「渋谷事変」から「死滅回游」へ 偽夏油の遊び場となった日本と虎杖の未来は

『呪術廻戦』「渋谷事変」を振り返る

 「渋谷事変」が閉門した。約半年にわたって描かれてきた『呪術廻戦』の物語が、東京を中心とした日本の崩壊の始まりによって幕を閉じるなんて、当初は誰が想像しただろう。最終話での偽夏油と特級術師・九十九由基の会話の内容は、初見の方にとって少々難解である。本作は全体を通して、全てを語りで説明しすぎない特徴がある。だからこそ、改めて彼らの言葉を紐解きながら偽夏油の言う“これからの世界”について考えたい。

偽夏油の目的

 かつて、九十九は夏油傑に「この世から呪霊がなくなる方法」について話したことがある。九十九は呪力からの脱却を推奨し、夏油は彼女との会話の中で「非術師(呪霊を生む存在)の抹殺」の糸口を得てしまった。この時のことを振り返って、改めて九十九は偽夏油の中身に同じ質問を投げかけるが、もちろんそこにもう、夏油はいない。代わりに応える謎の術師(本稿では「偽夏油」の名称に統一する)からは、「人類の呪力の“最適化”」という目論見がうかがえた。

 それは「懐玉」編で話の主軸となった、呪術高専東京校地下最深部・「薨星宮」で日本国内の結界を強化している「天元」の結界を利用することを意味している。「天元」は10年前、「懐玉」編の際に伏黒甚爾によって星漿体、天内理子との同化を阻止された。しかしその後、九十九の口から夏油に問題がなかったようなことが告げられていた。第2期の前半で描かれた過去が、後半で描かれる現在に密接に関わってくる展開となっている。

 日本国内のみに結界を巡らす「天元」を利用することは、すなわち日本にいる人間を全て術師にすることを意味するのだが、九十九が危惧しているのは術師を日本が独占すること……つまり呪力という“エネルギー”を日本だけが保有することを海外が黙っていないということだ。術師となった人間がまるでバッテリーかのように扱われてしまいそうな未来が少し怖い。

 しかし偽夏油はそんなことにもあまり興味を持っていなかった。彼はあくまで、もっと抽象的に「人間の、そして人間から生まれる呪力の可能性」を探究しているだけに過ぎない。だから彼は、自ら脹相ら呪胎九相図を生み出していたのである。言ってしまえば、彼は「人間ってどこまですごくなれるんだろう?」と「こうしたら、どんなふうになるんだろう?」と知的好奇心で溢れた悪童であり、マッドサイエンティストのようなマインドの持ち主なのだ。

 恐ろしいのは、脹相が虎杖悠仁と“同じ血が流れている”ことを確信したこと。彼の中には特異体質の母親、彼女をはらました呪霊、そしてそこに血を混ぜた加茂憲紀(偽夏油)のDNAが混在している。虎杖と共有できる血といえば、消去法で偽夏油のものしかない。突如現れた両面宿儺の器。虎杖が類稀なるその強度を持っていたことも、何もかも、もし“偶然”でなかったとしたら。『呪術廻戦』という物語そのものが、偽夏油によって始められた物語になってしまうのだ。

 しかし、今の偽夏油は呪胎九相図など“自ら”の手で生み出した新しい人類の形は失敗していると考えている。そして自分の可能性の域を出るものは、自分の手の外で生み出されるべきだと。そうして始まるのが、彼が仕掛けた日本全国規模の“呪術師同士の殺し合い”である。

これまで、そしてこれからの日本

『呪術廻戦』

 「渋谷事変」の時点で渋谷近辺は壊滅状態になっていたが、今や偽夏油が放った1000万もの呪霊が渋谷から外に向かっていく様子が描かれた。原作漫画では停電が広がった関東の地図を見開きページで描き、そこに混乱していく政界の対応をセリフのみで見せる演出がなされている。そのため、実際に何も知らない一般人がこれによってどのような被害を受けているのか私たちは推測をするしかなかった。

 ところが今回、アニメオリジナルで丁寧にその部分が描かれ、原作の情報を補完している点が素晴らしい。呪霊によって壊れる街並み、広がる停電、現地のレポーターやカメラマンは“見えない”何かに襲われて死に、それをテレビで見ていた者たちの自宅にも呪霊が押し入ってくる。もちろん、いくつかの地域は呪霊の被害から免れているが、それも時間の問題だ。

 そんな現状の日本で、呪術師たちは何よりもまずこの呪霊に駆り出されるわけだが、その一人として動いていたのが、久々に姿を見せた乙骨憂太である。『劇場版 呪術廻戦 0』の主人公だった彼が、ようやく本編に合流してきたのだ。映画のエンドクレジットでミゲルと共にアフリカにいた彼を五条悟が尋ねる様子が描かれていたが、その理由がこういった“不足の事態”が起きた時のため、乙骨に頼み事をするためだったことが今回で察せられる(第1期を振り返ると、交流会の直前まで五条が海外出張に行っており、帰ってきた彼が皆に“ある部族のお守り”を配っているシーンがある)。

 作品のファンとしては、特級術師の乙骨の帰還によって、虎杖たちに希望が見いだせる展開になると歓喜する束の間、なんと彼は虎杖の死刑執行人になってしまった。加えて五条悟が“渋谷事変共同正犯”とされ、夜蛾学長も五条と夏油を“唆した”という罪で死罪が認定されてしまった件は、完全に呪術界の総監部(五条が“腐ったみかん”と言っていた人物ら)による企みだ。彼らにとって圧倒的な力ゆえに逆らえない、目の上のたんこぶだった五条を排除するために都合良く「渋谷事変」を利用されたのだ。そして彼を庇うような人物も消そうとしている。こういったところから、呪術界(総監部)がどれだけ権力主義で狂っているか理解できるようになっているのだ。

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