榎木淳弥、内田雄馬、瀬戸麻沙美 『呪術廻戦』における“成長”を演じきった声優の凄さ

榎木淳弥ら『呪術廻戦』1年ズ声優の歩み

 もう“仲良し1年ズ”ではいられない。アニメ『呪術廻戦』の「渋谷事変」編で、虎杖悠仁、伏黒恵、釘崎野薔薇の呪術高専1年生3人組に訪れた事態は、虎杖から陽気さを奪い、伏黒の冷静さを消し、釘崎を違い場所へと連れ去った。突きつけられた苛烈とも言える運命は、1年生たちだけでなく演じる声優たちにも困難に立ち向かう気構えを与え、その演技をより深く強いものにしている。

 悲痛な叫びだった。『呪術廻戦』の第42話「理非」で、ナナミンこと七海健人が真人によって倒された場に行き合わせた虎杖悠仁は、悲しみと怒りと苦しみがない交ぜになった声を吐き出すようにして、真人に向かって駆け寄った。

 過去、街を跋扈する呪霊や呪術高専京都校の生徒たち、そして花御ら特級呪霊を相手に戦っていた時とは違う虎杖の叫びは、学生生活ならではの楽しげな日々が、命のかかった戦場へと完全に移ってしまったことを強く感じさせた。

 直前の第41話「霹靂-弐-」でも、虎杖は乗っ取られていた体を宿儺から返され、その間に宿儺が渋谷で繰り広げた殺戮のすさまじさを目の当たりにして嘔吐した。大勢の命が奪われたことに責任を感じて落胆し、知人の命が消し去られたことに激昂する虎杖のこうした心情を演じた榎木淳弥に、どれくらいの負担がかかったのかを想像すると、声優という仕事も大変だといった感想が浮かぶ。

 2020年10月から放送が始まったTVアニメ『呪術廻戦』で、3年にわたって虎杖というキャラクターを演じてきた榎木淳弥が、強く役と自分とを重ねるタイプの演技者なのかは分からない。ただ、「渋谷事変」編に入ってから相次ぐ、遊びでも喧嘩でもないリアルでシリアスな殺し合いの中で戦い続ける虎杖を演じるその瞬間、役と同じような激情にとらわれていても不思議はない。悔しさと苦しみ、悲しみと怒りを声に乗せて吐き出し続けて来たことが、積み重なってその声に真実味を持たせ、見る人も同じような激情の渦中へと引きずり込む。

 振り返れば、呪霊についても呪術師についてもまるで分からない状態で、五条悟に引っ張られるようにして呪術高専に来た虎杖は、田舎の番長然として強く陽気で朗らかだった。演じる榎木淳弥の声にも、相当な大役を射止めた新鋭といった初々しさが漂っていた。ここから幾つもの主役級のキャラクターを演じ、2023年公開の映画『アリスとテレスのまぼろし工場』でどこにもいけない場所で鬱屈し、苦悩する菊入正宗という少年を見事に演じて、ナイーブな役への適性を見せてくれた。

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 そして今、『呪術廻戦』でより過酷で苛烈な状況に置かれる中で、3年間に渡って虎杖を演じ続けてきた経験と、菊入正宗のような役をこなした蓄積が存分に発揮されていると言えそうだ。第43話「理非-弐-」で描かれた、釘崎野薔薇との共闘からの衝撃的な展開が、どのような演技を引き出すのか、そして「渋谷事変」から「死滅回遊」へと続いていく命がけの戦いの中で、どれだけのさらなる成長を見せてくれるかが、今から気になって仕方がない。

 これから先を気にすることが出来るのか。釘崎を見舞った衝撃の事態に『呪術廻戦』のファンは今、誰もが立ちすくみながら想像をめぐらせているだろう。芥見下々による原作の漫画を追いかけている人でも、未だ答えを得られていない状況で釘崎について言えることは、ここまで虎杖といっしょにいてくれてありがとうという感謝だ。演じた瀬戸麻沙美に対しても、釘崎をアニメ『呪術廻戦』の中で言動に目と耳を向けざるを得ない強烈な存在にしてくれたと、賛辞を贈りたいだろう。

 2011年に末次由紀の漫画を原作にしたTVアニメ『ちはやふる』でヒロインの綾瀬千早を演じて、一気に知名度を高めた瀬戸に対するその時の印象は、強い意志を乗せた言葉を澄んで愛らしい声音で発して、まさしく綾瀬千早だと感じさせてくれるものだった。早見沙織と重なりそうな雰囲気すらあったが、『ガールズ&パンツァー劇場版』で演じた西絹代は軍隊調で喋るポンコツ女子で、『マクロスΔ』のミラージュ・ファリーナ・ジーナスも生真面目さが取り柄のパイロットと、違う路線を見せてきた。

 そんな瀬戸が、『呪術廻戦』で演じた釘崎はヤンキー気質とでも言うのだろうか、ふてぶてしさを強く感じさせ、伏黒恵にも虎杖にも遠慮をしない活力にあふれた女子だった。『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』から始まる『青春ブタ野郎』シリーズで、女優をしている桜島麻衣を演じている時には混じらないガサツさが感じられる声音になっていて、それが釘崎というキャラにマッチしていた。

 『呪術廻戦』の第1期で京都校から来た禪院真依にタメ口をたたき、交流回での野球対決でスペアメカ丸に毒づくすその声音こそが釘崎だと感じさせ、怖いけれども親しくなりたいと思わせてくれていた。それは「渋谷事変」編の時にもしっかりと続いて、仲間思いの姉御肌な雰囲気で殺伐とした世界に彩りを与えてくれていた。その心情が逃げるべき場所で背を向けさせず、釘崎というキャラを物語からいったん退かせる理由になったのかもしれない。

 なりきって演じ続けた瀬戸にとって、そうした離別はどのような感慨をもたらしたのだろう。走馬灯のように振り返られる同郷の少女との日々。守ってあげようとして頑張り、強くならなくてはと自分を鼓舞してふてぶてしさを貼り付けさせたようなところがある釘崎を、しっかりと演じきった瀬戸にとってここから先がないのは辛いことなのかもしれない。だからこそ望む“再登場”なのだが、果たしてあるのか、それともあり得ないのか。受け手としては待つしかない。

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