『ゴジラ-1.0』山崎貴の“本領発揮”はまだ先に 虚構vs現実を踏襲したことで生まれた齟齬

『ゴジラ-1.0』虚構vs現実が生んだ齟齬

 山崎貴監督の『ゴジラ-1.0』は、今、日本で新作ゴジラを作り、打ち勝つことの困難さを思い知らされる。なにせ2023年は、ゴジラの新作が1カ月ばかりの間に5本も公開され、日本に次々と出現した年として記憶されるからだ。ゴジラが立ち向かわなければならない最強の敵は、ゴジラだ。

※本稿は『ゴジラ-1.0』のネタバレを含みます

日本に同時出現したゴジラたち

 先陣を切ったのが、庵野秀明総監督による『シン・ゴジラ:オルソ』。これは全編がモノクロに化粧直しされたバージョンで、第1作の『ゴジラ』(1954年)、続編の『ゴジラの逆襲』(1955年)に続く3本目の白黒ゴジラ映画の誕生である。〈オルソ〉とは、オルソクロマチックという赤系の色を抑えた階調の白黒になるもので、肌などが陰影豊かになる一方で、青い光などは明るく表現される。『シン・ゴジラ』(2016年)は顔、顔、顔のアップが続き、一方でゴジラが吐くチェレンコフ光のような青い熱線が印象深かっただけに、単なる白黒版とは異なる変化が生じることが想像できよう。期間限定上映されたものを観てみると、これが予想を遥かに超えた素晴らしいものだった。カラー版はカットによってVFXのクオリティにバラつきが見られたり、iPhoneを使用するなど、画質面では統一感に欠ける面が少なからずあった。これがオルソクロマチックでグレーディングされたことで、画調が均一化され、特撮パートは一挙にリアルな質感を伴うものになった。その結果、第1作以来となる暗さと絶望感に満ちた作品へと変貌を遂げた。

 『ゴジラ-1.0』の公開と前後して、短編ゴジラの動きも活性化している。「ゴジラ・フェス2023」で公開された『ゴジラVSメガロ』と『フェス・ゴジラ4 オペレーション ジェットジャガー』は、イベント用映像にとどまらない質と可能性をそれぞれ提示しており、前者はCGによる特撮、後者は昔ながらのミニチュア特撮の現在地を示すものになっており、甲乙つけがたい魅力に満ちている。こんなゴジラこそが観たいのだという観客も多いに違いない。

『フェス・ゴジラ4 オペレーション ジェットジャガー』本編
『ゴジラVSメガロ』(Godzilla vs. Megalon)2023

 そして、『ゴジラ-1.0』の後を追うように日本へ上陸したのが、Apple TV+で配信が始まった『モナーク:レガシー・オブ・モンスターズ』(全10話)。レジェンダリー・ピクチャーズによる「モンスター・ヴァース」の世界観を舞台としたシリーズだ。1973年の髑髏島から幕をあけ、2015年の日本へ。東京に降り立ったケイコ(アンナ・サワイ)は、サンフランシスコをゴジラが襲撃したG-dayで一命をとりとめたものの、その直後に姿を消した父の痕跡をたどって日本にやってくる。『ガメラ3 邪神覚醒』(1999年)を思わせる怪獣への憎悪を持つヒロインという設定ながら、2015年の東京はすでに怪獣が出現することが当然となった世界だけに、あちこちにゴジラ避難地が設置され、怪獣ビジネスも盛んである。ケイコは父が日本に残していた家族の存在を知り、異母姐弟と共に、父の秘密の一端を知ることになる。この2015年パートと平行して、1950年代にケイコの祖母たちによる巨大生物をめぐる探索が描かれる。そして、1954年にはビキニ環礁で〈脅威〉を取り除く作戦が展開される。海面から巨大な背びれが疾走し、やがて巨大な全体像を現したゴジラの眼前で水素爆弾を爆発させようとするシーンは圧巻だ。

 ことほどさように、あのゴジラが最後の1匹だとは思っていなかったが、まさか、こんなにも多種多彩なゴジラが次々と東京へ一極集中して現れるとは思いもしなかっただけに、それらを撃墜するゴジラを山崎貴監督は『ゴジラ-1.0』で作り出さなければならないのだから、熾烈な怪獣大戦争が繰り広げられていることが理解いただけよう。

『シン・ゴジラの逆襲』VS『ゴジラ-1.0』

 国産ゴジラ映画を作る上で目の上の瘤となるのは、前述のゴジラ出現率の高さに加えて、レジェンダリー・ピクチャーズによるハリウッド版『ゴジラ』が2、3年間隔で新作を出してくる状況にあることだろう(次回作は2024年公開の『Godzilla x Kong: The New Empire(原題)』)。本家の日本版ゴジラは契約上、レジェンダリー版が公開されない年に製作されることになっており、ゴジラ生誕70周年を謳いながら、2024年に公開されない理由もそこにあるようだ。

 それにしても、今、日本でゴジラを作るということは、レジェンダリー版もさることながら、前作の『シン・ゴジラ』が興行、評価の両面で、従来のシリーズを大きく逸脱する展開を見せたことも無視するわけにはいかない。興行収入82億5千万円を記録し、これまでゴジラ映画に見向きもしなかった各映画賞が、『シン・ゴジラ』にこぞって賞を与えたのだから、まさに規格外のゴジラ映画だった。

 社会現象化した『シン・ゴジラ』の後、他社の国産怪獣映画企画が中止になったという噂を耳にしたが、事態はゴジラも同様だったようだ。『ゴジラ-1.0』の劇場パンフレットで東宝のプロデューサー・山田兼司が「東宝社内で新たな実写ゴジラ映画の企画がいくつも検討されました。しかし『シン・ゴジラ』に続くに相応しいと思える企画をなかなか生み出すことができませんでした」と語るように、あの作品は国産ゴジラの可能性を拡げると同時に、極度に敷居を高くしてしまった感は否めない。

 他ならぬ庵野自身も、その被害を受けている。国産ゴジラの新作が公開可能な2018年を想定して、樋口真嗣の監督作として『シン・ゴジラの逆襲』というタイトル案の企画書を書いていた。『シン・ウルトラマン デザインワークス』で語られるところでは、「時間も製作費もあまり掛からないアイデアでまとめた、『シン・ゴジラ』が苦手な人達向けにしたラフプロット」で、「東宝チャンピオンまつり的な怪獣対決物」だったという。「東宝チャンピオンまつり」とは、1960年代末から70年代後半にかけて、子どもの長期休暇に合わせて、アニメや特撮映画を組み合わせて上映するプログラムで、ゴジラも低予算で新作が作られたり、過去作品を改題再編集して上映されていた。

 そうしたテイストが加味されたとおぼしき『シン・ゴジラの逆襲』の企画書、ラフプロット、イメージビジュアルを、庵野は東宝の担当者に渡したものの、「時期尚早等様々な理由からその話はその時は流れ」たという。東宝側としては『シン・ゴジラ』からの急速な路線転換は受け入れ難かったようだ。

 こうした状況の中で作られる国産ゴジラの新作は、レジェンダリー版に引けを取らない質のVFXと、「『シン・ゴジラ』に続くに相応しい」内容を伴う企画でなければならない。この2つを同時に担えるのはVXFに精通した映画監督である山崎貴の登板は必然ということになる。何より、すでに『ALWAYS 続・三丁目の夕日』(2007年)の冒頭にゴジラを登場させ、西武園ゆうえんちのアトラクション『ゴジラ・ザ・ライド 大怪獣頂上決戦』でゴジラを手がけているだけに、その手腕が充分に期待できることは疑いようがない。

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