『ゴジラ-1.0』山崎貴の“本領発揮”はまだ先に 虚構vs現実を踏襲したことで生まれた齟齬

『ゴジラ-1.0』虚構vs現実が生んだ齟齬

大森一樹と山崎貴が撮った戦争とゴジラ

 70年に及ぶゴジラ映画の歴史を振り返ると、その大半は現代や近未来が舞台になってきた。しかし、過去――それも、第1作と同じ1954年を舞台にするべきではないか、という企画が提案されたこともあった。2004年のゴジラ生誕50周年記念映画の企画が検討された際、東宝社内、東宝映画から数本のストーリー案や、著名監督によるリアルシミュレーション企画が出されたが、その中に、第1作の『ゴジラ』をカラーで完全リメイクする案があった。結局、その企画は採用されず、ゴジラが登場したことがない世界が設定されるのは、『シン・ゴジラ』の登場まで待たねばならなかったが、『ゴジラ-1.0』も1954年以前の戦後間もない混乱の時代にゴジラを登場させたことで、第1作の呪縛から逃れている。

 こうした試みを最も早く取り入れたのは、『ゴジラVSビオランテ』(1989年)、『ゴジラVSキングギドラ』の脚本、監督を手がけた大森一樹である。『VSキングギドラ』では、第二次大戦中のラゴス島に生息した恐竜(ゴジラザウルス)がビキニ環礁の水爆実験でゴジラへと変体したという説を基に、未来人の手助けを受けて1944年のラゴス島へタイムスリップする。そこでは米軍の圧倒的戦力を前に玉砕寸前の日本軍がいたが、その窮地を救うように現れた恐竜が米軍を撃退。そして、未来人はこの恐竜をベーリング海へと転送することでゴジラ誕生を阻止しようとする。

 部隊を率いていた男は、戦後、日本を経済大国へ成長させる一翼を担った企業グループの総帥となった今も、この恐竜を救世主と信奉し、現代の日本がキングギドラによって破壊されると、彼の企業が海外で所有する原子力潜水艦を用いてベーリング海に眠る恐竜を核の力で復活させようとする。

 描き方こそ違え、戦時中にゴジラの原型となる恐竜を登場させた『VSキングギドラ』と『G-1.0』を並べてみると、山崎貴は大森一樹と近い資質を持つ映画監督であることに気づく。両監督はともにゴジラ映画の枠内でゴジラを撮るのではなく、ゴジラ映画という大きな器には、恐竜に限らず多彩なジャンルが投入可能で、そこにゴジラを引きずり込まなければ、自分の色など塗布できないことを熟知している。実際、大森は『VSビオランテ』でも007ばりのアクションを盛り込み、『VSキングギドラ』では『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年)、『ターミネーター2』(1991年)などを恥ずかしげもなくストレートに引用していた。そして山崎は本作で『ジュラシック・パーク』(1993年)に始まり、『ジョーズ』をゴジラに置き換え、海洋アクションへと昇華させていった。

 大森と山崎の演出スタイルは大きく異なるものの、商業映画への向き合い方、ハリウッド映画への意識においては、近い方向性を持っているようだ。大森は商業映画デビュー後、ATGで撮った『ヒポクラテスたち』(1980年)、『風の歌を聴け』(1981年)を以て作家の映画は卒業し、以降、職人監督として娯楽映画の量産に舵を切ったが、山崎貴も初期の『ジュブナイル』(2000年)、『リターナー』(2002年)をオリジナルで作り、その路線でさらに『リターナー2』を企画していたが頓挫してしまう。そこに『三丁目の夕日』の実写化が持ち込まれ、最初こそ渋々参加していたが、『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年)は大きな成功を生み、以降、VFXを駆使した大衆映画を撮る路線へ向かう。

 いまだに筆者などは、この2人が初期作のような作家としての映画をもっと撮っていたらーーなどと思ってしまうところがあるが、それは偏屈なファンの繰り言にすぎないだろう。商業映画へと向き合い続けたことで、彼らはゴジラに行き着いたのだ。

『ゴジラ-1.0』と『日本沈没1999』は特攻をどう描いたか

 大森と山崎は、それぞれのゴジラ映画において、ゴジラの口中に人力で弾丸を投じている。『ゴジラVSビオランテ』では、陸上自衛隊のはぐれ者である権藤一佐(峰岸徹)が、抗核エネルギーバクテリアを高層ビルからゴジラの口中めがけて打ち込むことに成功するが、直後にゴジラはビルを倒壊させ、権藤は落命する。

 一方、『ゴジラ-1.0』の特攻くずれの主人公は、震電に爆弾を搭載し、自らの命と引き換えにゴジラの口中めがけて突撃しようとする。それがどういう結末を迎えるかは映画を観てもらいたいが、前述の権藤一佐の死は劇中では瞬間的な哀しみで終わってしまったが、『ゴジラ-1.0』の場合は、生死がどう転ぶにせよ、「俺は、ゴジラのためにこそ死にに行く」という怨嗟がドラマを支配しているだけに重みが違ってくる。こうした設定に、安易な特攻肯定になるのではないかと危惧する声もあるが、映画において〈特攻〉は、しばしば用いられてきたことも事実だ。

「やっぱり映画は、時に命をかけてでも守らなければいけないものがある、命より大切なものがある、というテーマを描くものなんです。それがヤクザ映画であれば仁義だった。でも、そんなことを言ったら怒られるのかね、今の時代は」(『週刊ポスト』2021年12月24日号)

 そう語るのは、他ならぬ大森一樹である。これは、松竹で製作予定だった幻の大作『日本沈没1999』について語ったものだが、この作品では、まさに終盤で〈特攻〉が描かれようとしていた。劇中、日本沈没が急速に進む中で、福井の原子力発電所が爆発して世界に放射能汚染が広がる危険性が出てくる。海底に溜まるメタンの位置を突き止め、主人公は原発地下での噴火を阻止するために、自らの命と引き換えに潜水艇でメタンハイドレート爆発を誘発させる作戦を遂行する。

 もし、大森が『ゴジラ-1.0』を撮っていれば、敷島に特攻を完遂させたのではないか。かつて、いずれ作りたいゴジラ映画として大森は、『ゴジラ対海底軍艦』を挙げていた。往年の東宝特撮『海底軍艦』(1963年)に登場する轟天号は、大戦末期に姿を消した帝国海軍技術将校によって建造され、大日本帝国再興を目指して南方に基地が築かれているという設定だった。「海底軍艦みたいに、この兵器があれば日本は戦争に負けなかっただろうというある種の兵器があって、それが敗戦まで間に合わなかったと。それとゴジラが戦う」(『東宝SF特撮映画シリーズ VOL.10 ゴジラVSデストロイア』)と、奇想天外な架空戦記を予感させるアイデアを大森は語っていたが、そうしたテイストならば、特攻を完遂させても違和感はなかっただろう。

 実のところ、『ゴジラ-1.0』を観るまでは、ここまでシリアス路線だとは思っていなかった。藤子・F・不二雄のSF短編漫画『超兵器ガ壱號』よろしく、ゴジラを用いた太平洋戦争異史が描かれるのではないかと筆者は密かに期待していたからだ。

 『超兵器ガ壱號』は、太平洋戦争末期、南洋の孤島へ赴いた語学に堪能な陸軍少尉が、その島に不時着した円盤から捕縛された巨人宇宙人とコミュニケーションを取るように命じられる。やがて古い言語を通じてのやり取りが可能となり、巨人は大東亜共栄圏の思想に共鳴し、自らが持つ高度な文明を提供する。ガ壱號と命名された彼はめざましい活躍を見せて米軍を撃退し、遂には広島と長崎へ向かおうとするB29を捕獲し、押収した新型爆弾を手に単身海を渡り、サンフランシスコとロサンゼルスに投じる。この逆転勝利によってワシントンには日の丸の国旗がなびくようになる――という架空戦記である。

 こうしたテイストで、ゴジラが連合国軍を襲うことで一時的に主権を取り戻した日本が、その隙を突いてゴジラをアメリカへ誘導して――というような架空戦記型ゴジラになるのかと思っていたのだが、そこまで虚構に振り切れば、『シン・ゴジラ』の惹句「虚構vs現実」に抗するだけの「虚構vs虚構」の映画になったに違いない。『ゴジラ-1.0』は、「虚構vs現実」を踏襲したために齟齬が生まれたように思えてならない。

 『シン・ゴジラ』と『ゴジラ-1.0』によってシリアス路線のゴジラは、これで出尽くしたとみてよ良さそうだ。次なる国産ゴジラは、樋口真嗣監督による「東宝チャンピオンまつり」テイストの『シン・ゴジラの逆襲』や、山崎貴監督によるキングギドラやモスラも登場する『ゴジラ・ザ・ライド』的な体感型エンターテインメントを期待するのは、筆者だけではないはずだ。

 『ゴジラ-1.0』の銀座襲撃シーンで、列車がゴジラに持ち上げられ、『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』(2023年)のオリエント急行のように、典子が宙吊りになる場面は、シリアスな物語の中で異彩を放っていたが、山崎貴が本領を発揮するのはこうした場面が満載のゴジラに違いないのだから。

ゴジラ・ザ・ライド「超絶興奮のキング・オブ・ライド」篇

参考文献

・『ゴジラ 1954』(実業之日本社)
・『東宝SF特撮映画シリーズVOL.6 ゴジラVSキングギドラ』(東宝株式会社出版)
・『東宝SF特撮映画シリーズVOL.10 ゴジラVSデストロイア』(東宝株式会社出版)
・『ゴジラvsキングギドラ コンプリーション』(ホビージャパン)
・『ゴジラ FINAL WARS コンプリーション』(ホビージャパン)

■公開情報
『ゴジラ-1.0』
全国東宝系にて公開中
出演:神木隆之介、浜辺美波、山田裕貴、青木崇高、吉岡秀隆、安藤サクラ、佐々木蔵之介ほか
監督・脚本・VFX:山崎貴
音楽:佐藤直紀
制作プロダクション:TOHOスタジオ、ROBOT
配給:東宝
©2023 TOHO CO.,LTD.
公式サイト:https://godzilla-movie2023.toho.co.jp
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