『きのう何食べた?』を特別な一作にしている“老い”の描き方 “奇跡”に満ちた日常の尊さ

『きのう何食べた?』特別な“老い”の描き方

 「ヒゲクマ系は50になってからにしてくれよ」と言ったシロさん(西島秀俊)が50歳になり、ケンジ(内野聖陽)は48歳になった。ドラマ『きのう何食べた?』(テレビ東京系)season1の第1話から5年の時が経ったわけだ。

 相変わらずシロさんはきっかり18時に弁護士事務所を出て自宅で夕食を作り、ケンジは5年前と同じヘアサロンで働いている。たまに小日向さん(山本耕史)や航(磯村勇斗)たちと食事をし、佳代子さん(田中美佐子)一家とゆるやかな付き合いを続けるさまも変わらない。

 が、新シーズンはこれまでと何かが違う気がする。ケンジの乙女度がパワーアップしているのはお気づきかと思うが、それ以外にも何というか、画面から伝わる色彩がふわっと淡くなり、聞こえてくる音がより柔らかになった印象なのだ。それは多分、シロさんが人生の折り返し地点を過ぎたと意識する様子がさりげなく描かれているからだろう。

 年老いてきたものの自立した生活を送れている両親(梶芽衣子、田山涼成)が墓の購入を検討し、スーパーでお買い得品を見つけるたびにシェアし合っていた佳代子さんは祖母となり孫の世話に忙しい。弁護士事務所の大先生(高泉淳子)は引退後の経営を任せたいと打診してくる。周囲の変化がふと自らの身に迫る。もう、自分のことだけを考えて生きていい時間はとっくに過ぎた。

 本作『きのう何食べた?』を観るたびに思うのは、当たり前の日常の尊さだ。「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」の両方がある毎日、上手に炊けた白いご飯、洗濯物に残るおひさまの匂い、いつもよりキャベツが50円安かったこと、食事の後の会話と一杯のお茶……並べてみると本当にささやかな事柄ばかりだが、じつはどれもが奇跡。日常なんてなにかの歯車がひとつ欠けただけですべてが崩れてしまうものだから。

 season2の第5話ラスト、シロさんがひとり静かに涙を流す場面があった。きっかけはケンジが休みの日にホームセンターで買ってきた洗濯ホース。以前同居していた恋人のノブさん(及川光博)は夕食用の鶏もも肉を自分が食べたい唐揚げのために勝手に使い、汚したままのキッチンを放置。洗濯機の水漏れを直すシロさんに手も貸さない。当時のふたりの関係が保たれていたのはシロさんが生活の負荷の部分を多く背負っていたからだろう。

『きのう何食べた?』第5話

 若い時ならばそれこそ「ビジュアルが好み」の一点で恋愛はできるし、何なら生活を共にすることも可能。だが、歳を重ね、いつか人生に“終わりの時”がくることを意識すると人は日常の大切さを尊ぶようになる。当たり前のようにコートを羽織って笑顔で夕食用の玉ねぎを買い足しにいき、何気なくスペアの洗濯ホースをセットしておいてくれるパートナー。ケンジの無意識かつ自然な優しさをひとりの部屋で実感したシロさんの頬につうっと涙がつたう。「そうか、俺、今、幸せなんだ」。

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