マーティン・スコセッシの圧倒的な一作 『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』徹底考察

マーティン・スコセッシの圧倒的な一作を解説

 じつは本作の原作は、連続怪死事件を追う連邦捜査局の捜査官の視点で描かれたものであり、当初ディカプリオは、この捜査官の役柄を演じるはずだったのだという。映画作品として、そういった、いかにもハリウッド映画のサスペンスを想起させるアプローチは相応しくないとした判断は、ここでは非常に納得できるところだ。なぜなら、そのような構図は、結局のところ不正をただそうとする白人がヒロイックに扱われているように見えてしまうからだ。

 オセージ族の人々の立場からすれば、白人たちに土地を追われ、新天地でも白人たちから搾取されたり命を奪われてきたというのが、率直な思いなのではないか。そんな状況を描く場合でも、白人をヒーローとして描こうというのは、白人にとってあまりに虫の良い自己中心的な態度なのではないか。むしろ、そのような矛盾を有する映画が、これまでハリウッドでは、あまりにも多すぎたといえよう。

 そこで本作は、加害者であるウィリアムとアーネスト、被害者のモリーらの視点で描くというアプローチをとった。それによって本作は、この陰惨な事件の当事者が、どのような精神状態に陥っていったのかを表現する、より痛切で残酷なものとなったのだ。炎が燃え上がる光景のなかで、アーネストが狂気に身を浸していく姿は、人間というものが、いかに矛盾した状態を受け入れて破滅へと向かっていくような、不可解さを持った存在であるのかということが、見事に表現されている。

 このような描写によって我々観客も、ディカプリオ演じる人物を悪として憎みながら、部分的に感情移入するという、矛盾した感情に包まれることに気づくはずだ。これこそが物語の力であり、演技、演出の力なのである。このように、周囲のプレッシャーや社会の空気によって、我々自身が悪の当事者になってしまうことがあり得るという表現こそが、本作の核心部分だと考えられる。

 我々は、誰かが不当な理由で苦しめられる事件を目にしたとき、そしてそれに関与できる状態にあったとき、自分の頭で考え、自身の責任を自覚したうえで、選択肢を選ばなくてはならない。善をなすにしろ、たとえ悪をなすにしろ、それが自分の存在に対する最低限の誠実さなのではないか。最後にアーネストに対峙したモリーの質問と、彼女のまなざしは、その最低限の態度が欠けた、全ての者を糾弾するものである。

 このような内容を、マーティン・スコセッシ監督が、自身の傑作『グッドフェローズ』(1990年)や、『アイリッシュマン』(2019年)同様、ギャング映画の文脈で演出しているところも興味深い。

 アメリカのギャング映画は、『ゴッドファーザー』シリーズや、『スカーフェイス』(1983年)が賞賛される以前、1930年代にもブームとなっている。その代表的一作となった『民衆の敵』(1931年)では、ジェームズ・キャグニー演じる悪党の主人公が、愛人の顔に朝食のグレープフルーツを押し付け侮辱する場面がある。このような非紳士的な行為を描く一場面は、当時大きなインパクトを与えることとなった。

 本作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』で、ディカプリオ演じる男が妻に対して、それをはるかに超える非人間的な行為をする場面は、ある意味で『民衆の敵』の変奏といえ、スコセッシ自身が『グッドフェローズ』などで、ギャング映画の歴史に加えてきた、ショッキングな描写の進化形であるとも理解することができる。

 ジェシー・プレモンス演じる捜査官が、事件の解決に尽力したように、アメリカはときに正義をなすこともあるだろう。しかし白人に権力が握られているアメリカという国は、ときに差別者であり、ときに暴力的に弱者から利益を吸い取るようなギャング的性質をも持ち合わせている。オセージの言葉でコヨーテを意味する「ショミカシ」とは、まさにそんな絶えざる悪辣さそのものであろう。

 自身がギャング映画の伝説的存在であり、同時にシネフィルといえるほどに古今東西の映画に精通しているスコセッシ監督だからこそ、そんなアメリカの歴史を糾弾する本作を、ここまでスタイリッシュにまとめ上げ、同時にここまで残酷に表現し得たのだ。

 さまざまな歯車が絶妙な動きで噛み合って、誰も観たことがないものを作りあげる……これこそが、無数の要素や仕事で構成される映画作品の醍醐味であり、大きな存在理由であるといえよう。本作『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』は、まさに濃縮された“映画”のかたまりなのである。

■公開情報
Apple Original Films『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
全国公開中
監督:マーティン・スコセッシ
出演:レオナルド・ディカプリオ、ロバート・デ・ニーロ、ジェシー・プレモンス、リリー・グラッドストーン、タントゥー・カーディナル、カーラ・ジェイド・マイヤーズ、ジャネー・コリンズ、ジリアン・ディオン、ウィリアム・ベルー、ルイス・キャンセルミ、タタンカ・ミーンズ、マイケル・アボット・ジュニア、パット・ヒーリー、スコット・シェパート、ジェイソン・イズベル、スターギル・シンプソン
脚本:エリック・ロス、マーティン・スコセッシ
プロデューサー:マーティン・スコセッシ、ダン・フリードキン、ブラッドリー・トーマス、ダニエル・ルピ
エグゼクティブプロデューサー:レオナルド・ディカプリオ、リック・ヨーン、アダム・ソマー、マリアン・バウアー、リサ・フレチェット、ジョン・アトウッド、シェイ・カマー、ニールス・ジュール
配給:東和ピクチャーズ
画像提供:Apple TV+
公式サイト:kotfm-movie.jp

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