『ダンまち』10周年、大森藤ノインタビュー 「“正しい間違い”が今の重要なキーワード」

作家・大森藤ノにとっての大切な作品は?

『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』第19巻

――ライトノベルの新人賞への応募だったわけですが、ライトノベルはずっと読んでこられたのですか?

大森:実は読書が苦手な子供で、あまり本を読まない人間だったんです。読書感想文も大の苦手でした。そこそこ読むようになったのはネットのウェブ連載小説で、それも二次創作から入った感じです。『ダンまち』を連載することになる投稿サイトのArcadiaに載っていた二次創作をいっぱい読んでいました。オリジナルを最初に読もうとしたのはWord Gearというサイトにあった『ソードアート・オンライン』で、それでワクワクする楽しさを覚えました。実際の本だと『ハリー・ポッター』のシリーズなどは読んでいましたね。あとは『フルメタル・パニック! Σ』という漫画を読んでみたらどうやら元が小説だということで、それで『フルメタル・パニック!』のことを知りました。ライトノベルというものの存在を知ったのは『フルメタル・パニック!』からだったのかもしれません。

ーー『フルメタル・パニック!』の連載が賀東招二先生によって再開されました。相良宗介が大人になって千鳥かなめと結婚していて子供もいるという設定に驚きました。

大森:私もびっくりです! 楽しみですよね! あと、ライトノベルで最初に読んだのは、MF文庫Jライトノベル新人賞で第3回の佳作を受賞した七井連一先生の『地をかける虹』という作品です。私の中ですごい衝撃でした。ライトノベルってこんなことまでやっていいんだっていうところがあって、あれが今の私の根底にすごくありますね。この作品、最初の始まりの一行が「英雄に、憧れていたんだ。」なんです。

ーーまさに『ダンまち』のベルですね。彼も英雄になりたいと思ってオラリオにやって来た少年ですから。

大森:『地を駆ける虹』の主人公ネイブのDNAを、ベルは受け継いでいるのかなって。全3巻で終わっているんですけど、私の中ですごく大事な作品で、ライトノベルの原風景と言ったら確実にこの作品が挙がります。読後感がいいかと聞かれると言葉を濁しちゃうんですけど、興味を持たれた方がいれば読んでみてほしいです。とにかく当時の私にとってはすごい本で、とても大切な作品でした。

――今はライトノベルは読まれますか?

大森:有名どころは読んでいます。GA文庫大賞に応募するに当たって受賞作品も一通り読みましたね。逢空万太先生の『這い寄れ!ニャル子さん』などです。本当にすごい先輩達です。

ーー『ニャル子さん』はクトゥルーがベースにあるのでファンタジーと言えないこともないですが、『ダンまち』とは随分と方向性が違います。

大森:むしろあれは盗もうと思ってもできないかなぁって(笑)。本当に万太先生の才能があってこそです。クトゥルーの元ネタを知っていればもっと面白いし、知らなければ知らないで調べたくなってしまうところがあります。

『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』第2巻

ーー確かに。『ダンまち』をウェブで連載していたころは、将来作家になりたいという意思はお持ちだったのですか?

大森:それこそウェブのミノタウロス戦で反響がすごくあった辺りからでしょうか。そこで承認欲求をそそられちゃって。書く楽しさ自体は分かっていたつもりなんですけど、見つけてもらえたという感覚がすごくあって、嬉しかったな。読者の方から「プロになってみたら」といったコメントをもらって勇気も出てきて、それでチャレンジした感じです。

ーーさて、『ダンまち』はファンタジーに分類される小説ですが、何か下地になる体験のようなものはお持ちだったのですか。先ほども『ハリー・ポッター』シリーズのファンだったと話していましたし、ファンタジー風のゲームも人気になっていました。

大森:ファンタジーと言われる本を積極的に読んでいたということはないんです。ウェブに連載されている小説にファンタジー系のものが多かったことで、それらを間接的に受け取っているのではないかと思います。ダンジョン系のゲームも『ウィザードリイ』とかは知らなくて『世界樹の迷宮』から始めた感じです。最初にファンタジーに触れられた方が小説を書いて、それに影響を受けた方がウェブ小説に書いて、私もそこから遺伝子みたいなものを受け継いでいるんじゃないかなと思っています。たくさんの凄い人たちがいて、そうした人たちに育ててもらったのかなって。

ーー歴史もあって人気作も多いファンタジーです。読者にも目利きの人が多くいます。そこで勝負するのは怖くなかったですか?

大森:別作品の二次創作を書いていた時期があったんですけど、オリジナルの作品を好きな人たちにも評価してもらえる二次創作が書けたら、オリジナルもいけるのではないかという考えができました。ちょっと舐めていたかもしれませんが、二次創作で認めてもらえる設定を運用できる力があるなら、オリジナルでも活かせるかなって。なにせオリジナルは自分で設定を自由に作れるから、ハードルは低いのではと当時は思っていたんです。

――ただ、二次創作は本当に原作のことを深く知って運用しないと、批判が凄いですからそれだけ考える力が必要だと思います。

大森:それはありますね。あとはファンタジーについては、当時のウェブ小説の流行も取り入れたつもりです。ダンジョンでファンタジーだったら受けるだろうみたいな感じがなんとなくありました。

ーー結果、見事受賞を果たして作家としてデビューされましたが、その段階で自分はどこまでやれると思いましたか?

大森:これは他の作家さんも同じだと思うんですけど、やはり受賞してしまって自分は売れるに違いないみたいなことを思ってしまって、「私はこれ1本で行くんだ!」という感じになりました。もう天狗状態ですよね。振り返ると、本当に命知らずだったって思うんですけど。ミノタウロス戦の話とも重なるんですけど、認めてもらえた、しかも大賞をとれたということで、自分は通用するんじゃないかって全能感が当時はドバドバでした。他の人たちとは違う何かになれたと思ったんです。作家になりたいなんてそれこそ子供の頃は思ってなかったけど、受賞したことで「これでずっと頑張りたい」って本気になった感じでしたね。

関連記事