『呪術廻戦』恵の父・伏黒甚爾が物語全体に発した存在感 知ると切ない“クズ”の背景

『呪術廻戦』伏黒甚爾が物語に発した存在感

 放送中のアニメ『呪術廻戦』第2期の「懐玉」が終わり、過去編は残すところ「玉折」の放送となった。7月27日に放送された第28話は終始圧巻。別アングルで映される天内理子の死を皮切りに、夏油傑と伏黒甚爾の戦闘が始まり、夏油は敗北した。しかし、その後「盤星教」に天内の死体を届けた帰りの甚爾の目の前に、彼が倒したはずの五条悟が登場。戦闘の末、甚爾は五条に破れて死んだ。立ったまま死ぬキャラといえば『ONE PIECE』の白ひげ、『北斗の拳』のラオウ、『終末のワルキューレ』のアダムなどが挙げられるが、これからはそこに『呪術廻戦』の伏黒甚爾の名も連ねてほしい。

 アニメ第1期から考えれば、甚爾は劇場版で絶命した夏油と同様“過去に死んだ登場人物”の括りになる。しかし、夏油と同じように『呪術廻戦』という作品の精神に大きく関わっている存在なのだ。お馴染みのメインキャラクター、伏黒恵の父親である彼は禪院家の出身であり、アニメ第1期にも出てきた直毘人の兄(25代目当主)の息子にあたる。しかし、御三家で由緒正しい禪院家の生まれにもかかわらず、彼は「呪力を全く持たない」という天与呪縛によって得た“フィジカルギフテッド”だった。“フィジカルギフテッド”とは文字通り、身体能力が恵まれていて、先天的に常人離れしていることを意味している。だからこそ呪力を感知する結界でも“透明人間”になれた。術師が呪霊や呪術師(呪詛師)などと戦うときは普通、相手の呪力を読んで位置や動きを把握する。しかし、甚爾はあの五条の六眼ですら見えないスナイパー的な存在。「術師殺し」の異名も、こういうところから来ているのだろう。

 甚爾は強いが、呪術師の基礎とも言える呪力を持たないことで、子供の時から禪院家にひどい仕打ちをされてきた。印象的な口元の傷も、幼いときに呪霊の群れの中に投げ込まれたせいでついたものだと公式ファンブックで明かされている。そのせいでグレた彼は家出し、それから個人で仕事の依頼を受けることに。しかし、彼は呪力を持たないので呪霊を祓うことはできない。したがって、彼の強さを発揮できる相手は術師相手ということになる。

 家出してからはヒモ男として女性の家を転々としていた甚爾。しかし、仕事で大量にお金を稼いだときはパーッと女性と使うことから“リターンのあるヒモ男”と、作者の芥見下々に言われている。出番自体は本編の中でも少ないが、作者のお気に入りキャラということもあってアニメ第26話で描かれた競艇場でのシーンに言及し、描き下ろしイラストまでSNSに投稿された。

 そうして女性の家を転々としていた中で出会ったのが、恵の母親である。原作の中でも名前は明かされていないが、彼女の姓が「伏黒」だったため結婚し、婿養子になった甚爾は伏黒の姓を名乗るようになった。彼女との出会いを通して丸くなったが、そんな妻が亡くなってしまう。「禪院家に非ずんば呪術師に非ず。呪術師に非ずんば人に非ず」、そんな家訓のある家で人として扱われてこなかった甚爾が、彼女と過ごした時間でようやく手にした人並みの幸せと温もり。そして学んだ“自尊心”。幼少期から誰からも尊ばれてこなかった彼は、自分や他人を尊ぶことを、彼女を通してようやく理解した。しかし、彼女の亡き後はもう“諦めてしまった”のだと思う。人との関わり方とか、人に抱く気持ちとか、そういうものを全て。愛する人を失って心に大きな穴が開く感覚や、社会的に生きることへの“諦め”を体現する甚爾はそう考えると、あんな極悪非道に見えてとても人間臭くて、実のところ共感できるキャラクターでもある。

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