神木隆之介演じる万太郎の人となりは『らんまん』そのもの “人間を知ってる”物語の面白さ

『らんまん』“人間を知ってる”物語の面白さ

 念願の学会誌『植物学雑誌』の創刊にこぎつけ、これでやっと胸を張って「植物学者」を名乗ることができる。何者かになることができた万太郎は、満を持して寿恵子(浜辺美波)に結婚を申し込むのだった。

 『らんまん』(NHK総合)第11週「ユウガオ」で、ようやくふたりの恋が実るわけだが、第3週「ジョウロウホトトギス」における博覧会で万太郎が寿恵子に一目惚れをしてから、放送時間にして8週間。ここに至るまでのふたりの道程が、なんと丁寧に描かれてきたことかと、改めて感慨深い。

 まず、万太郎の求婚。凡百のドラマなら、ここで万太郎が刷り上がったばかりの『植物学雑誌』を抱きしめ、白梅堂へと息急き切って走り、「寿恵子さんをわしにください」と言うかもしれない。そのほうがシーン的には“映え”るからだ。あるいはその前段で、寿恵子に思いだけを告げておき、視聴者に安心材料を与えたうえで「わしが植物学者を名乗ることができたら迎えに行きますき。それまで待っちょってください」とかなんとか言わせたかもしれない。

(手前)槙野万太郎役・神木隆之介、(奥左から)宮本晋平役・山根和馬、波多野泰久役・前原滉、藤丸次郎役・前原瑞樹、前田孝二郎役・阿部亮平、岩下定春役・河井克夫、大畑義平役・奥田瑛二

 しかし万太郎はそれをしない。大畑印刷所に見習いとして入り、描いた絵、そのままを刷ることができる石版印刷の技術を一から学び、自らが編集人として学会誌を作り上げるまでは、白梅堂へは行かないと誓った。晴れて『植物学雑誌』が出来上がった後も、まず釣書(身上書)を用意し、世話になった義平(奥田瑛二)とイチ(鶴田真由)に仲人を依頼する。ここに万太郎の品性が滲み出ている。

 これまで約3カ月の間、毎日万太郎を観てきた、われわれ視聴者は知っている。彼は、何事においても「筋を通して事を進める」「段階を踏む」ということをとても大事にする人なのである。命より大事な標本を倉木(大東駿介)に盗まれ、それを百円で買い戻したとき。十徳長屋の隣人たちから信頼され、打ち解けていく様子。これらが「主人公無双」を根拠とする“ご都合作劇”などではなく、万太郎の人柄が自然に起こしたアクションであり、エピソードであるという納得感がある。

 万太郎が東京大学・植物学教室の門を叩いたとき、はじめは邪険にしていた面々が、彼の並々ならぬ植物学への知識と熱意と、全方位における英明さから生じる「説得力」に、しだいに納得させられてしまう。大畑印刷所の職人たちも、最初は海の物とも山の物ともつかなかった万太郎が、日ごと雑用を迅速かつ丁寧にこなしていく姿と、彼の「本気」に魅了され、仕事を教えてやりたくなる。

 そして万太郎はいつでも、ただ能力を「見せつける」のではなく、敬意を持ってまず相手を理解しようと努め、それから自分を知ってもらう。そして説得する。こうした「段階」をきちんと踏んでいるからこそ、周りから信頼を得ていく。

 学会誌を創刊したいと考えたとき、田邊(要潤)を“陥落”させた流れも見事だった。田邊の前で西洋芸術への鋭い着眼を示し、演奏会へのお供を許される。大学教育と学問の普及に携わる政府高官の佐伯(石川禅)と談笑中の、すなわち「いいところを見せたい」田邊の前で、「新しい学問」である植物学の学会誌発足の許しを得る。

 こうした万太郎の行動のすべてが、決して「あざとい」ものではないところが心地よい。土佐一の造り酒屋の跡取り息子として育った万太郎は日々、祖母・タキ(松坂慶子)をはじめ峰屋の人々の商いを目にしながら、「相手に礼を尽くし、機知で切り込んでいく」という交渉術を自然と身につけていったのだろう。そこに、植物学のみならず、あらゆる学問への関心と知識、卓越した観察眼と洞察力が加わって、万太郎の「人たらし術」が出来上がったのだと理解できる。万太郎を見ていると、真の知性とは「和」をもたらすのだと思わされる。

 ここで筆者は、「主人公のキャラクター造形は、その朝ドラの作品性を物語る」という説をとなえたい。万太郎の「筋を通して事を進める」「段階を踏む」という人となりは、そのまま『らんまん』という作品の特性を表してはいないだろうか。

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