『らんまん』“きれいなもんじゃない”ものを描く面白さ 万太郎の生き方は現代人の指針に

 『らんまん』(NHK総合)は、日本古来の勧善懲悪でなく、ヨーロッパの、人間の陰影を追求する眼差しを取り入れようとする、新しい時代の到来の物語である。

 第9週「ヒルムシロ」では、寿恵子(浜辺美波)の父が、西洋文明にチャレンジして命を落としたことがわかった。寿恵子の父は滋賀県彦根侯の家臣で、維新のあと陸軍に入り、慣れない西洋式の馬の乗り方をして落馬して亡くなったと語られる。戦で亡くなったわけではなく、乗馬で不慮の事故に遭った。それを寿恵子は、無理に新しい慣習を取り入れたから不遇な目に遭ったというマイナスに捉えず、父が新しいことに挑んだという前向きな事実に目を向ける。あいみょんの主題歌「愛の花」の<いまを憎んでいない>という歌詞とも呼応するようである。このように、人にはいろいろな面があり、そして、どんなに思いがけない状況になっても、前向きに捉えることの大事さである。

 維新を推し進めたきっかけでもある桜田門外の変で暗殺された彦根藩主・井伊直弼は、開国派であった。開国に反対する者たちに暗殺されたが、結果的に開国は行われ、明治時代がはじまって、あらゆる価値観が急速に変わっていく。服装、食事、ものの見方、女性の活躍……『らんまん』の時代にできたものをベースにして、今の私たちの生活があるわけだが、現代はちょうど、人工知能の発達によって急速に価値観が変わってきている。文明の進化に対して、これまでの尺度にとらわれて反発するばかりではいけないし、かといって、新しいものをむやみやたらに信じて取り入れるだけでもいけない。適度に取り入れつつ、用心もしつつという理性が求められる今の時代と、『らんまん』の時代とはひじょうに親和性がある。急速な変化において、流れに逆らわず、でもしっかりと自分の手足で泳いでいくこと、万太郎(神木隆之介)の生き方が指針になるのではないか。

 万太郎は、寿恵子のことをとても好きになるが、まずは植物学を極めることを優先する。わざわざ寿恵子の家に挨拶に行き、「わしはわしにできる一番の速さでお嬢さんを迎えにいきたい。ほんじゃきここへはしばらく参りません」と宣言する。寿恵子に待っていてもらわなくてもいい、間に合わなかったら仕方ないと考えるのが潔い。朝ドラではこれまでたいてい、仕事も恋も同時に得ようとして、どっちつかずに見えたり、こんなにうまくいくはずないと共感できなかったりすることがあった。が、今回は違う。何かを得るためには何かを捨てることが物語のなかで提唱され、万太郎はそのとおりに生きていく。これで両立は難しい派の心はすっきりだ。でもこれだけなら、ないことはない。前作『舞いあがれ!』(NHK総合)もヒロインは初恋を諦め、実家を継ぐことを選んでいる。『らんまん』が面白いのは、恋は「恋は明るうて浮き立つもんじゃき」と万太郎に言わせ、恋の先にある「きれいなもんじゃない」ものを描こうとすることである。

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