『らんまん』脚本・長田育恵の演劇的構成が光る 近年の朝ドラになかった“自由”への問い
万太郎と逸馬の、植物愛と自由への希求が重なって大きな力になる一方で、綾(佐久間由衣)と竹雄(志尊淳)も自由に手を伸ばしながら得られずにいる。経済的には何不自由ないが、家長にならないといけないという決まりに縛られた万太郎と、女性は穢れていると男性よりも一段低く見られている綾、士農工商の身分制度は廃止されたものの、いまだに使用人という身分制度の低位にいる竹雄。綾と竹雄のどちらも決まりごとに囚われて身動きできない者同士が慰めあいつつ、どうにも超えられない川がある状況に、世の中のままならなさを感じさせる。
それぞれが生きる力を持っていて、根っこ同士つながりあう草の生態系を人間社会の理想と見立てているドラマだけあって、登場人物、ひとりひとりが尊重される。綾は、幸吉(笠松将)に妻がいたことを知って失恋を味わうが、そのとき、家庭のある幸吉を酒造りに突き合わせ、振り回した自分の強欲を反省するのだ。これには驚いた。通常なら、相手に妻がいたことを知らずひとり相撲であったと自己嫌悪に陥るくらいだろうが、この状況で相手を慮るなんて。さらに、高知のまつりで、見かけた祖母と孫の姿に、タキ(松坂慶子)を想い、彼女のいうことを聞こうと考えるなんて。自分の好きを貫くと他者を傷つけることを認識する理性を働かせる綾には脱帽する。
万太郎もまた、少年時代は無邪気に唯我独尊だったが、神木隆之介時代になると、それなりに竹雄に気遣ったり、タキの強引な物言いにも、声を荒げることなく理性的に説得したりしている。万太郎は悲しいとき野に育成する植物に癒やされ、綾もまた、悲しいとき、森にひっそり咲くササユリを見て、酒にほんのり酔ったみたいな色だと愛でる。社会に取り残されかけたとき、ひたむきに生きる存在(植物)を認識することで、自分もまた活力を取り戻す。
これらはここ最近の朝ドラに不足しがちな行為である。『ちむどんどん』や『舞いあがれ!』の主人公は転機において、まわりに配慮する描写が少なく、常に自分を優先するように見えがちだった。が、それは主人公の生きる時代の違いが関係しているのではないだろうか。明治時代、日本人が自由に目覚め追求した結果、昭和から令和へと、自由という認識が育っていったのだ。そう考えると、何かを得ると何かを失うのだということがまざまざと見えるではないか。ジョン万次郎をも苦しめた自由とは、人類最大の難問である。
いずれにしても、せっかく買った櫛を綾に渡せない竹雄が不憫である。報われてほしい。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『らんまん』【全130回(全26週)】
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:神木隆之介、浜辺美波、志尊淳、佐久間由衣、広末涼子、松坂慶子ほか
作:長田育恵
語り:宮﨑あおい
音楽:阿部海太郎
主題歌:あいみょん
制作統括:松川博敬
プロデューサー:板垣麻衣子、浅沼利信、藤原敬久
演出:渡邊良雄、津田温子、深川貴志ほか
写真提供=NHK