原作読者こそ鑑賞マスト? 『名探偵コナン 黒鉄の魚影』は見事な取捨選択がされた一作に
『名探偵コナン』シリーズならではの物語の内容にも注目したい。日本には同様の毎年恒例のシリーズもののアニメ映画として、『ドラえもん』や『クレヨンしんちゃん』がある。しかし、『名探偵コナン』シリーズが特異なのは、原作が連載中であり“1本のストーリー”があるという点だ。
『ドラえもん』は原作漫画が基本的には1話完結であり、のび太が成長しても、次の話ではその成長はリセットされ、また同じことをやり直すような日常的な物語が多い。なので映画でも同じようなパターンで、スケールを壮大にすることができる。しかし、コナンは黒の組織にまつわる謎という1つの大きな軸となるストーリーがあり、また季節ごとのイベントも重複しないように制作されており、制約が多い作品といえるだろう。
その中で今作は、灰原哀の正体が黒の組織にバレるという展開がある。かつての映画や原作でも同じようなことがあったものの、その際は一人の登場人物にバレるだけであり、さらに黒の組織のメンバーであるジンによって殺害され、その正体が組織全体に知れ渡るようなことはなかった。しかし、今回はその正体が黒の組織のメンバー全員に知れ渡るような内容になっている。
これは原作のストーリーにも大きな影響を及ぼす挑戦だ。この展開そのものはともすれば原作の展開を壊す可能性もあったものの、原作者・青山剛昌との緻密な打ち合わせによって実現したという。実際に、原作もすでに終盤に入っているともいわれており、このタイミングだからこそできた話なのだろう。まさにずっと『名探偵コナン』を追いかけてきたファンとしては、これまでの『名探偵コナン』の軌跡が詰まった感無量な物語なのだ。
コナンファンに向けられたポイントが多く満足感が得られる一方で、苦言を呈したいポイントもある。そのひとつが、今作で描かれている画期的なシステムの「老若認証」だ。これは全世界の監視カメラに接続し、さらに現在の姿から過去の姿などを映し出すことができるというシステム。顔認証システムが一般社会でも浸透した現代社会において、ITがもたらすであろう未来を感じさせるとともに、薬によって体が小さくなってしまったコナンや灰原には、秘密が知られてしまう危険性が含まれている恐ろしいシステムだ。
同時に、全世界の人々の行動が監視される社会というのは、それだけでディストピア社会を創造する危険性を含んでいる。しかし、そのテーマが深く追求されることはなく、物語は完結する。そのため、コナンたちが危機を迎えるきっかけのシステムにしかなっていないことも含めて、物語の展開そのものには歪さを感じてしまったる。
とはいえ、そういった点も含めて、今作は取捨選択がなされた結果と言えるだろう。『名探偵コナン』シリーズは制約が多く、時間的にも110分前後に収めることが要求されている中で、多くの人気キャラクターを登場させて見せ場を作り、さらにミステリー要素もいれて謎解きも行い、原作ファンが喜ぶ要素も入れる。この強みを理解し、そこを最大限に活かす立川監督の職人監督としての思い切りの良さに、大いに驚くとともに楽しませてもらった。
今年の『名探偵コナン』は原作と切り離して考えることが難しい一作だったように思う。それと同時に原作ファンこそが最大の楽しみを得ることができる一作だった。さまざまなドラマに決着がつくだけに、本作を抜きにしては原作も語れないのではないか。『名探偵コナン』という作品に与える影響はとても大きいだろう。
■公開情報
『名探偵コナン 黒鉄の魚影(くろがねのサブマリン)』
全国東宝系にて公開中
原作:青山剛昌『名探偵コナン』(小学館『週刊少年サンデー』連載中)
監督:立川譲
脚本:櫻井武晴
音楽:菅野祐悟
声の出演:高山みなみ、山崎和佳奈、小山力也、林原めぐみ、沢村一樹ほか
製作:小学館、読売テレビ、日本テレビ、ShoPro、東宝、トムス・エンタテインメント
配給:東宝
©︎2023 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会
公式サイト:https://www.conan-movie.jp