『舞いあがれ!』でコロナ禍が描かれた意義 高杉真宙の言葉が3年間の苦しみに寄り添う
その未来に、ようやく追いつこうとしている私たち。そんな中で『舞いあがれ!』が見せてくれたのは、市井の人々の未来へ歩みを進めようとする姿だ。失われた20年、30年とも称される経済低迷期に実家の工場が倒産の危機に陥り、さらには父・浩太(高橋克典)の急死とたくさんの困難が舞には待ち受けていた。舞だけじゃない。怪我で選手生命が絶たれた佳晴(松尾諭)、身長が理由で航空学校受験を断念した由良(吉谷彩子)、老いによって生まれ育った場所を一時的に離れざるを得なかった祥子(高畑淳子)など、時に防ぐことも、逃げることもできない現実に翻弄される“人生のままならさ”を描いた本作。それでも、決して歩みを止めず、誰かの力も借りながらみんなで未来に進んでいこうとする彼らに、この3年間を生き抜いてきた私たちの姿を反映させることもできる。終わりの見えない真っ暗なトンネルの中を、誰もが手探りで進んできた。会いたい人に会える。行きたい場所に行ける。見たい景色が見える。そんな未来と“待ち合わせ”していたから。
「最高に仕上がった飛行機と最高に仕上がった由良が未来で待ち合わせしとる」
ロマンチストの刈谷(高杉真宙)が何気なく発した言葉の美しさが心の琴線に触れた。2020年から現在に至るまでに感じた数々の遣る瀬無さ、苦しみ、憤り。それらが、“未来で待ち合わせ”という言葉で少しだけ癒されていくような気がする。
貴司は生きるため、未来の自分と待ち合わせするように短歌を詠んでいた。そのうち、いつの間にか自分の思い描く未来に舞の姿が浮かぶようになった。そして、今度は自分と舞が共にいる未来と待ち合わせし、わくわくするような気持ちで短歌を詠むようになる。だが、その未来に無事辿り着けた時、貴司はさらに先の未来が描けなくなった。きっとこの3年間を必死で生き抜いてきた人の中にも、彼のような迷いを抱えている人はいるんじゃないだろうか。今、改めてコロナ禍を描く本作は私たちに、「あの人に会いたい」「あの場所に行きたい」「あの景色が見たい」と未来に恋い焦がれた日の気持ちを思い出させてくれる。
もちろん、コロナ時代に意味があったとは言い難い。言いたくない。感染により命を落とした人もいれば、八木(又吉直樹)の大切な人のように自分で生きるのをやめてしまった人もいる。失ったものはあまりにも多かった。だけど、待ち合わせが口約束のまま終わらず、当たり前のように果たされることの素晴らしさを実感できたのもまた事実だ。もうすぐ、待ち合わせしていた未来と出会える。その時は私たちが歩んできた3年という道のりと時間を花束にして誰かに渡せたらいい。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:福原遥、横山裕、高橋克典、永作博美、赤楚衛二、山下美月、目黒蓮、長濱ねる、高杉真宙、山口智充、くわばたりえ、又吉直樹、吉谷彩子、鈴木浩介、高畑淳子ほか
作:桑原亮子、嶋田うれ葉、佃良太
音楽:富貴晴美
主題歌:back number 「アイラブユー」
制作統括:熊野律時、管原浩
プロデューサー:上杉忠嗣
演出:田中正、野田雄介、小谷高義、松木健祐ほか
主なロケ予定地:東大阪市、長崎県五島市、新上五島町ほか
写真提供=NHK