『BLUE GIANT』最重要ファクターである“音”の力 上原ひろみらプロの技が成し得た映像化
現在公開中のアニメ映画『BLUE GIANT』の熱狂が止まらない。原作は、2013年、石塚真一が『ビッグコミック』(小学館)で連載を開始した同名漫画で、世界一のジャズプレーヤーを目指す主人公・宮本大の成長譚が描かれる。この原作漫画について何よりも特筆すべきは、まさに圧巻としか形容しようのないライブの演奏シーンである。思わず震えを感じるほどの音圧や豊かで躍動的なバンドアンサンブルを、漫画というフォーマットを通して巧みに伝える石塚の表現力は卓越していて、同作は連載開始以降、瞬く間にして「音が聞こえてくる漫画」として非常に大きな注目と支持を集めた。
この原作漫画を映像化する上での最大のポイントは、登場人物たちが演奏する「音」をどのように表現するかという一点であったことは明らかだろう。そして、そのことを誰よりも深く認識していたのが、原作者の石塚や、編集者として彼と共に並走し続けているNUMBER 8(今回の映画の脚本も担当)を含めた映画スタッフたちであった。彼ら・彼女らは、今作の製作にあたって、原作ファンが抱く高いハードルを超えていくことだけではなく、もともとジャズに興味がなかった人たちに向けて、「劇場の最大の音量、最高の音質で、本物のジャズを届けたい」という大きなテーマを掲げた。
その挑戦の成果については、もはや説明不要かもしれない。今作の公開から既に1カ月以上が経つが、今もなおこの映画は、原作ファンやジャズファンではない層の観客を巻き込みながら熱狂の輪を広げ続けている。「ジャズとは、熱く、激しい音楽である」という渾身のメッセージを伝える今作を通して、ジャズに対するイメージが一変した人、ジャズの世界に魅了された人は少なくないはず。その意味で、今作が果たした意義はあまりにも深いといえる。前置きが長くなってしまったが、この記事では、映画『BLUE GIANT』の最重要ファクターである「音」の力について迫っていく。
日本が世界に誇る最高のジャズトリオによるオリジナル楽曲
今作の映画音楽を手掛けたのは、日本のジャズシーンのトップランナーとして世界を舞台に活躍するピアニスト・上原ひろみ。彼女は、劇中で主人公たちが結成するバンド・JASSが演奏するオリジナル楽曲や、映画の劇伴の制作を担いながら、劇中における沢辺雪祈(間宮祥太朗)のピアノ演奏も担当した。主人公・宮本大(山田裕貴)が奏でるサックスは、国内外のプレイヤーを集めて開催したオーディションを勝ち抜いた馬場智章が、また、玉田俊二(岡山天音)が叩くドラムは、上原の指名によって、millennium paradeの一員であり、くるりのサポートメンバーなども担うドラマー・石若駿が担当した。まさに、日本が世界に誇る最高のジャズトリオが実現する形となった。
この鉄壁ともいえる座組みが実現した時点で、今作のスタッフたちには一定の勝機が見えていたはず。しかし今作を大成功に導くために、上原を中心とした参加ミュージシャンやスタッフたちは、一切妥協なく創意工夫や試行錯誤を重ねていった。その最たる例が、主人公たちの魂そのものの表れであるJASSのオリジナル楽曲だ。本編の約4分の1をライブシーンが占める今作において、JASSのオリジナル楽曲が、この映画のクオリティを決定付ける最重要ファクターであったことは間違いないだろう。スタッフの「今までジャズを聴いたことのない人の耳にも残る楽曲が欲しい」という非常にチャレンジングなオーダーを受ける形で、上原は今作の要となる複数のオリジナル楽曲を制作した。
原作に感銘を受けた上原ひろみが書き下ろした「N.E.W.」
予告編、また、劇中で最も多く流れるJASSの楽曲が「FIRST NOTE」である。ファーストライブや映画のラストでJASSの3人が演奏するこの曲は、今作を最も象徴する代名詞的な役割を果たす一曲になった。特筆すべきは、聴く者に強烈な印象をもたらすサックスのメロディで、一度今作を観た人であれば、大が奏でるパワフルでエモーショナルなサックスの響きと共に、その流麗なメロディを脳内再生できるのではないだろうか。また、随所に休符を巧みに絡めることでリズミカルなアンサンブルを紡ぎ出す同曲は、まるでフィジカルに直接的に訴えかけてくるような迫力を放っていて、「ジャズとは、熱く、激しい音楽である」という今作のメッセージをまっすぐに体現している。まさに、多くの人のジャズ観を覆してしまうような渾身の楽曲である。
他にも、JASSにとって大きな試練の場で演奏された「N.E.W.」(原作ファンならご存じのように、同曲は、アニメ映画化が決定する遥か前に、原作に感銘を受けた上原が書き下ろして原作者の石塚に送ったもの。第8巻には、この曲の譜面が掲載されている)や、大と玉田がピアノ抜きの2人体制で演奏した「WE WILL」、映画のラストを飾る「BLUE GIANT」が制作された。上述した「FIRST NOTE」を含め、どのオリジナル楽曲も、10代の主人公たちの実直な生き様や溢れ出るエネルギーをダイレクトに表す楽曲に仕上がっていて、上原は、この映画にとっての魂である「音」を吹き込む超重要な役割を見事に果たしたといえる。