『舞いあがれ!』古舘寛治が物語の“身近さ”を生む 笠巻の魅力を引き出す自然な演技
NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』第21週「新たな出発」で、長年IWAKURAを支えてきたベテラン職人の笠巻(古舘寛治)が退職する。笠巻は同僚たちから一目置かれる存在で、後輩職人の結城(葵揚)や土屋(二宮星)を一人前の職人に育てあげた人物だ。そんな笠巻の退職が寂しく感じられるのは、寡黙だが、誰よりも仕事に誇りを持ち、ヒロイン・舞(福原遥)の父・浩太(高橋克典)が工場を継ぐ前からIWAKURAを支えてきた笠巻という人物像を、古舘が丁寧かつ、本物の職人と見紛うほど自然に演じてきたからに他ならない。
古舘は実力派のベテランバイプレイヤーだ。古舘の演技の魅力は、あらゆる演出に応える力と、役柄に求められる人物像を演じながらも、仮にその人物が現実世界に存在していても違和感を覚えさせない“自然さ”にあると考える。
演技は脚本に書かれた人物像を具象化する行為であり、エンターテインメント性の高い作品になればなるほど物語と現実の距離が遠く感じられることがある。それ自体は決して悪いことではないが、演技に違和感を覚えさせない“自然”な演技は、視聴者と物語の距離をグッと縮めるのではないだろうか。古舘はどんな作品においても、自然な佇まいで物語の中に存在している。そのおかげで、常識の通用しないようなシリアスな役柄を古舘が演じれば、不穏な空気が実際のもののように感じられるし、コミカルな役柄であれば親しみや身近さが感じられる。
葵揚、『舞いあがれ!』で確かな演技力を証明 古舘寛治との一コマは劇中屈指の名シーンに
年末年始の中断期間を経て、1月4日より再開したNHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』。物語は、主人公・舞(福原遥)の父・浩太(高橋…
笠巻の人物像はシリアスすぎることもコミカルすぎることもないのだが、本物の職人の様相を帯びている点で、以下の作品の演技が思い出された。
2009年公開の映画『南極料理人』だ。古舘が演じたのは、自動車メーカーから派遣された隊員・御子柴(通称「主任」)。南極に来たことを後悔し「帰りたいわ」と愚痴をこぼす姿や、雪上車にこもって漫画を読みふける姿の生々しさがじわじわと笑いを誘った。堺雅人演じる主人公・西村が料理作りを放棄して部屋に閉じこもってしまった際、その原因を作った「主任」は謝るのだが、「主任」を演じる古舘の謝り慣れていない様は人間味に溢れており、フッと笑えるものがあった。
2019年に放送された大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』(NHK総合)では、日本のオリンピック初出場のために奮闘する嘉納治五郎(役所広司)とともにスポーツの普及に尽力した可児徳を好演。豪快な嘉納に振り回される可児の困り果てた演技は面白く、オリンピック出場の前途多難さが伝わってきた。可児は嘉納の後先考えない決断に、泣きそうな顔になりながら応えていくのだが、古舘の弱々しい声色やコミカルながらも必死な形相を見ると思わず同情してしまう。これもまた、現実と演技を近づける古舘の自然な佇まいのなせる技といえる。