『すずめの戸締まり』などアニメ映画の興行で定着した入場者特典 コストは億超え?

 アニメ映画の興行ですっかり定着した入場者特典。近頃では、第5、6弾くらいまで特典を用意するのが当たり前になりつつある。

 こうした傾向を「特典商法」と揶揄する向きも一部にある。映画は商売であることは絶対に否定できない事実なので、たしかにこれは「商法」である。それ自体は正しい。

 しかし、これが揶揄されるべきことかどうかには一考の余地がある。そもそも、「商法」という言葉にどうして悪い印象があるのだろう。商売である以上、商法があるのは当たり前なのに。

 特典商法は悪で、マスメディアによる大量宣伝手法は悪ではないのだろうか。本編にはないシーンを予告で使用する商法は悪ではないのか、前売り券を大量に配るのはどうか。映画が日本でまだ活動写真と呼ばれていた頃には、フィルムの回転スピードを上げて上映時間を短くして、一日の上映回数を増やすということも行われていたらしいが、これは悪だろうか。

 時代によって映画の商法は色々と変化してきた。実際、入場者特典はどれくらい興行成績に貢献しているのかなども考えながら、この入場者特典の是非について考えてみたい。

入場者特典の2つの効果

 入場者特典を配布することが一般化しているということは、それには興行を底上げする効果があるということだろう。しかし、特典の効果を正確に算出するのは難しい。作品によっても効果にばらつきはあるだろうし、特典内容によっても変化するだろう。

 ただ、いくつかの調査内容から類推することはできる。KIQ REPORTが、全国の15歳以上の男女9,483名の映画ファン(半年に1本以上劇場で映画鑑賞をする人)を対象に、映画の入場者特典に関するインターネット調査を実施している(※1)。

 この調査によると、回答者の30%前後が特典の有無が映画鑑賞理由に影響すると答えている。およそ3人に1人の割合ということになるから、大きな数字と言えるだろう。

 上記の調査結果は、特典が映画館に足を運ばせる動機を直接調達できることを示している。しかし、特典の効果はそれだけに限らない。特典を手に入れた観客がそれをSNSでシェアすることで、口コミプロモーションの増幅効果も期待できる。

 映画宣伝のgaieはTwitter上での入場者特典の話題調査を実施している(※2)。この調査は話題性のある特典をつけることで、SNSでのシェア率が有意に上昇することを明らかにしている。調査では『劇場版 呪術廻戦 0』を例にとり、第三弾の「五条悟×夏油傑」描きおろしビジュアルボードの発表が最もインプレッションの高かった特典だったとしている。

 SNS時代に入り、興行の常識は変化した。マスメディア中心のプロモーションの時代には、いかにテレビで露出するかで興行が大きく左右された。もちろん、今でもマスメディアによる宣伝効果は大きな力を持っているが、SNSの力も無視できなくなっている。

 SNSの拡散力と入場者特典は、興行の傾向にある変化をもたらしている。通常、映画の興行は第1週をピークに徐々に右肩下がりになるものだが、特典はそれを時に覆すことがある。

 最近の好例は『すずめの戸締まり』の「小説 すずめの戸締まり~芹澤のものがたり~」だ。1月28日から50万部限定で配布されたこの特典のおかげか、公開から12週目にもかかわらず、前週比較で126.8%興収を押し上げた(※3)。通常、前週比較で動員は減るものなので、約30%も上昇させたのは、この特典に相当の訴求力があったということだろう。

 こうした特典がまたSNSで話題となり、それが新しい客を連れてくるという好循環を生んでいると考えられる。映画興行は、マスメディア時代は先行逃げ切りだったものが、今では封切り後、いかに持続して集客できるかが重要になっている。初動だけでは興行を予測することが難しい時代になっているのだ。

 特典を複数用意することは、映画興行を延命させる効果もあると思われる。近年、年間で封切られる映画館の数は1000本以上が当たり前となっている。1955年から2004年くらいまでは、映画の年間公開本数は、550から700程度で推移し続けたのだが、2005年から増加に転じ、2019年には1278本を記録(※4)。2022年も1143本も公開されている。つまり、それだけ上映枠の取り合いが激しくなっているということだ。

 今のシネコンの編成は、成績が悪ければすぐに1日1回だけの上映になるし、2週間で上映終了する作品も珍しくない。複数の特典を持続して展開することで、シネコンでの上映枠を確保することにもつながっているのだろう。

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