『少年のアビス』心の深淵を覗き込む異色の青春ドラマ 松井玲奈の怪演から目が離せない

『少年のアビス』独創的な青春恋愛ドラマ

 2022年、MBSドラマ特区枠で放送されたドラマ『少年のアビス』は、田舎町で暮らす17歳の少年・黒瀬令児(荒木飛羽)を中心とした、異色の青春ドラマだった。

 令児は、認知症の祖母と引きこもりの兄、2人の世話をする疲弊した母の夕子(片岡礼子)と4人で暮らしていた。父は行方不明。町から出たいと令児は願っていたが、家は貧しく大学進学の資金を捻出できない。町から一生出られないという現実に、令児は絶望していた。

 ある日、幼なじみの峰岸玄(堀夏喜)からタバコを買ってこいと言われた令児は、なぜかこの町のコンビニでバイトをしていたアイドルグループ「アクリル」の青江ナギ(北野日奈子)と出会う。

 ナギに「この町の案内してくれない?」と言われた令児は夜の町を自転車で案内するが、いっしょに心中しないかと彼女から誘われる。その後、2人は一夜を共にすることに。しかし、彼女には似非森浩作(和田聰宏)という人気小説家の夫がいた。

 原作は、『週刊ヤングジャンプ』(集英社)で連載されている峰浪りょうの同名漫画。チーフ演出は、かとうみさとが担当している。

 かとうは、2018年に最優秀新人アーティストビデオ賞を受賞したOfficial髭男dismの「ノーダウト」を筆頭とする、MVの監督として高く評価されている映像作家だが、この『少年のアビス』の映像は、既存のテレビドラマとも映画とも違う独自のものとなっている。

 退屈な田舎町を舞台にしている舞台にしている本作は、引きこもりや老人介護といった生々しい題材を扱っており、泥臭い物語となっている。しかし、カラーグレーディングで青と緑が強調された映像はどこか幻想的でもあり、海底の深海生物をガラス越しに覗きこんでいるような気持ちになる。

 この、現実と非現実の狭間を歩いているような映像の感触が、本作を独創的な青春恋愛ドラマへと仕上げている。

 原作漫画が、青年誌の『ヤングジャンプ』で連載されていることもあってか、人気アイドルと初体験をするという男子高校生にとっては夢のようなシチュエーションから本作は始まる。

 アイドルの青江ナギ、女性教師の「柴ちゃん先生」こと柴沢由里(松井玲奈)、幼なじみのチャコこと秋山朔子(本田望結)といった魅力的な女性が、次々と令児と親密になっていく展開は、ご都合主義的ではないかと当初は感じるが、そこにラブコメ的な楽しさはほとんどない。むしろ強調されているのは、彼女たちの抱える深い闇である。

 タイトルにあるアビスとは英語で「深淵」という意味だが「深淵」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、ドイツの哲学者・ニーチェの有名な警句だ。

怪物と戦う者は、戦いながら自分が怪物になってしまわないようにするがよい。長いあいだ深淵を覗き込んでいると、深淵もまた君を覗きこむのだ。
ニーチェ(中山元・翻訳)『善悪の彼岸』(光文社古典新訳文庫)

 第3話で「覗いちゃったじゃない。私も……私の真っ暗なところ」と柴ちゃん先生は令児に言う。この「真っ暗なところ」とは、真面目に教師を続けてきた彼女の心の中(深淵)のことだ。令児の深淵の中に潜む怪物の姿を覗き込んでしまった女性たちが、逆に自分の深淵に潜む怪物に気づいてしまう姿を『少年のアビス』は繰り返し描く。

 令児もまた、第1話で「令児くんの人生、この先、絶対つまんないだろうし」とナギに言われた時に「オレのすげー深い部分、なんで覗くんだよ」と言い返していた。おそらく彼もまたナギとの出会いによって深淵に潜む怪物に気づいてしまったのだろう。

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