SF超大作『未来戦記』はルイス・クーの「俺はこれがやりたいんだよ」が詰まった珠玉の一作

SF超大作『未来戦記』は純度の高い香港映画

 香港映画の未来を観た。Netflixで配信されたSFアクション映画『未来戦記』には気合と意地がある。「香港でSF超大作をやってやる」そういう意地だ。そして実際、彼らはやってのけた。パワードスーツ! 昆虫型クリーチャー! 多脚メカ戦車に自立型二足歩行ロボ! 香港の“オタク”たちによる「俺はこれがやりたいんだよ」がこれでもかと詰め込まれている。まさにおもちゃ箱のような傑作だ。

 さて、香港映画といえばどのような映画を想像するだろうか? 野原で拳を交わす功夫映画。あるいは、流麗なワイヤーワークによって中華ファンタジーを実現する武侠映画。それから黒社会の男たちが刹那的な命を燃やして己の筋を通すノワール映画。香港映画を代表するジャンルとしてイメージされるのは、ざっくりとこの3つに絞られるだろうか(本当にざっくりとだが)。ほとんどの場合、それほどVFXに資金はつぎ込まれず、俳優とスタントマンの惜しみのない努力によって革新的なアクションを実現し、苛烈な爆発は大抵の場合本当に爆破している。

 一方、中国映画のVFXやCGIは凄いことになっている。『三体』劉慈欣原作のNetflix映画『流転の地球』(2019年)は「地球にジェットエンジンを点けて太陽系を脱出」という壮大すぎる設定を潤沢な資金をつぎ込んでハイクオリティな映像で実現。侠気と壮大すぎる絵面にむせび泣くディザスタームービーの傑作となっている。またCGアニメーション映画『ナタ転生』(2021年)はディズニーに勝るとも劣らないクオリティでスチームパンク×封神演義という独特な世界観を再現。これまたストレートな熱血娯楽映画の快作となっている。膨大な資金をつぎ込み、急成長を遂げる中国のVFX・CG業界。このまま香港映画は中国映画に飲み込まれてしまうのだろうか? そんな中、「香港の映画会社と香港のVFX会社で、SF超大作をやってやる!」そう思った男がいた。その男こそ、『未来戦記』で主演・製作総指揮を務めたルイス・クーだ。

 さて、このルイス・クーという男がすごい。香港アカデミー賞とも称される香港電影金像奨で主演男優賞を受賞した演技派スター。ジョニー・トー監督をはじめとした名だたる巨匠の映画で主演を務めたかと思えば、日本のAVを題材にしたAVバトル映画『大性豪』(2014年)に加藤鷹の弟子・長崎直樹として出演。AV女優を起用した妙にリアルなAVシーンで巨匠の愛する香港電影金像奨級の演技を披露した。その一方でコロナ禍の香港では制作会社「天下一電影(One Cool Film)」のトップとして雇用を守り、香港映画を牽引した。この縦横無尽な活躍ぶりと映画に携わる人々への敬意は香港映画界のトム・クルーズといっても過言ではない。そんなルイス・クーなのだが、実は筋金入りのオタクとしても知られている。特にSF、特撮、アニメ、アメコミを愛し、アイアンマンや仮面ライダー、ダース・ベイダーやバットマンなどの等身大フィギュア(私物)を詰め込んだ巨大なおもちゃ博物館(私物)を作る筋金入りのオタクなのだ。

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 下北沢ではおもちゃを求めて練り歩き、自身の主演映画ではキカイダーのおもちゃを登場させる。そんな香港を代表するオタク野郎ルイス・クーはどうしても香港でSF映画が作りたかった。それも自分がパワードスーツを着てクリーチャーやロボと戦うようなやつを。そこでルイス・クーはまず自ら製作総指揮を務め、そしてこれまた自分で起業した会社にVFXを担当させた。それからノワール映画で共演し、野原や安っぽいパブで撃ち合っていたダチ公たちを招集した。そうしてできたのが『未来戦記』だ。

 さて、そんなルイス・クーによるやりたい放題な趣きの『未来戦記』だが、筋金入りのオタク野郎によるやりたい放題だからこそ凄いことになっている。まず、ビジュアル面が100点満点中5000点くらいある。漆黒のパワードスーツはゲーム『メタルギア ライジング リベンジェンス』(2013年)の強化外骨格や『パシフィック・リム』(2013年)のパイロットスーツを思い出す。多脚戦車は無骨さとスタイリッシュさが絶妙なバランスで両立しており、他のロボやクリーチャーもフェティッシュでスーパークールなデザインに仕上がっている。廃墟と化し植物に覆われた香港の街並みは、その筋の終末フェチにはたまらない雰囲気だ。

 また、香港のSFオタクたちによるSF愛が炸裂したオマージュシーンも見どころのひとつ。パワードスーツを身に纏った時の「俳優の顔の演技」を見せる演出は明らかにアイアンマンのアレだし、円形のものをキャプテン・アメリカよろしくぶん投げたりする。『パシフィック・リム』っぽいパワードスーツ装着シーンではご丁寧に『パシフィック・リム』っぽい音楽を流すし、まさにやりたい放題だ。しかもそのオマージュするところが大体SFにおけるトロの部分なので、本当にSFが好きなんだなあとホッコリする。

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