『秒速5センチメートル』から『言の葉の庭』へ 新海誠の魅力が詰まった2作品を再考する

新海誠の魅力が詰まった2作品を再考
『言の葉の庭』
『言の葉の庭』©Makoto Shinkai / CoMix Wave Films

 一方で、『秒速5センチメートル』が人々を落ち込ませるような、切ない恋愛映画と受け止められたことは、新海の想定した意図は異なる。新海は「観客を励まそうと思ったのに落ち込ませてしまった」ことから、物語を語ることを課題として設定し、勉強を始める。そして『星を追う子ども』を経て、『言の葉の庭』につながっていく。

 『秒速5センチメートル』以前の新海作品というのは、言うなれば連作短編のような形だった。30分ほどの『ほしのこえ』に続いて制作された『雲のむこう、約束の場所』は91分と長編ながらも、内容は2つの物語が合わさった形だ。そして『秒速5センチメートル』は3つの短編が重なる形で構成されている。

 『星を追う子ども』と『言の葉の庭』は、1本の物語として制作しようという意図が明確に感じられる。そして特に『秒速5センチメートル』から続く、ファンタジーやSFの混ざらない、現代の男女を主人公とした恋愛アニメ作品として『言の葉の庭』は完成されている。

 物語の語り方も洗練されている。主人公・タカオは新宿御苑で本作のヒロインであるユキノと出会う。しかし、彼女は謎の女性という認識から一転し、実はタカオが通う学校の休職中の教師であるということが明らかとなる。作意的な展開はそれまでの自然な物語と乖離し、フィクションだからこその驚きを観客に与える。これは『君の名は。』の中盤に宮水三葉に関する真実を観客も知るという展開にも用いられている。

 以前の新海作品であれば、物語の大きな展開をシーンや流れで見せることはせずに、時間を切り替えて新しい物語を始めていたのではないか。時系列を割らず、あくまでも1本の作品として流れを語り切り、さらに中盤で大きな転換点を迎えて物語を一新し、終盤に向けて盛り上げていく。このような手法こそが、2時間近い長編映画に必要なのだが、新海は物語の課題も克服した。

 いよいよ最新作『すずめの戸締まり』も公開されるが、1ファンとして勝手なわがままを言わせていただけるならば、次の作品では“短編”を制作してほしい。というのも、過去の新海作品を観る限り、やはり短編向きの監督ではないか? という思いが強いからだ。もちろん、短編だから3年に1作のペースが1年に1作できる……などという簡単なものではない。同じ3年待つのであれば、長編の方が良いのでは、という意見も多くあるだろう。

 しかし、『君の名は。』、『天気の子』、『すずめの戸締まり』と3作続けて長編を手がけ、作家として大きな進歩を遂げた新海が、再び短編を描けばどれだけの作品を作り出せるのかという点に興味があるのだ。また映画に限らず短編アニメーションは、新たな表現の実験を行うこともできる場である。撮影のセクションを進歩させ、デジタルで制作するアニメの申し子として登場した新海の次なるステージというのを、『すずめの戸締まり』公開前ながら期待したい自分がいる。

■放送情報
『映画天国』
日本テレビにて、10月25日(火)1:59~4:00放送 ※関東ローカル

『秒速5センチメートル』
原作・脚本・監督:新海誠
出演:水橋研二、近藤好美、尾上綾華、花村怜美
音楽:天門
作画監督・キャラクターデザイン:西村貴世
美術:丹治匠、馬島亮子
制作:コミックス・ウェーブ・フィルム

『言の葉の庭』
原作・脚本・監督:新海誠
出演:入野自由、花澤香菜
作画監督・キャラクターデザイン:土屋堅一
美術監督:滝口比呂志
音楽:KASHIWA Daisuke
制作:コミックス・ウェーブ・フィルム

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