MCU史上最も“攻めた”『シー・ハルク』の前衛的な試み 本当の意味で“多様性”を語る内容に
近年マーベル・スタジオでは、例えばアフリカ系やアラブ系、もしくは女性のヒーローを主人公とした作品の場合、出演以外のクリエイティブな面でも、当事者や女性の監督、脚本などのスタッフが配されるようになってきている。もちろん本シリーズでもそれは踏襲され、プロデューサーであり脚本家のジェシカ・ガオを中心に、女性の視点が活かされた内容になっているのだ。
スーパーな存在となったジェニファーが、あくまで弁護士であることにこだわる点にも、その姿勢は表れている。物語の過程で姿を見せる、彼女の育った実家の部屋には、『エリン・ブロコビッチ』(2000年)や『キューティ・ブロンド』(2001年)という、法律の世界で戦う女性を主人公にした映画のポスターが貼られていた。つまりジェニファーは、このような映画における、理論や頭脳で打ち勝つ女性に憧れて、自分を向上させてきたのだ。外的要因によってハルク化したからといって、それが彼女のこれまでの主体的な意志を決定的に変えることにはならない。
そんなジェニファーの意志は、この『シー・ハルク:ザ・アトーニー』のドラマとしての在り方を、意外な方法で変更させるというところにまで行き着く。これが、本シリーズの最も驚くべき点である。
これまでのMCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)作品は、最終的にはバトルシーンを物語における盛り上がりの中核にせざるを得ず、多様な価値観を取り入れているとはいえ、結局は多くの作品が似たような風合いになってしまうという構造的問題があった。しかし、まさかMCUのドラマシリーズ自身が、そのような“一番痛いところ”を突くことになるとは……。
だが、こういったMCUへの自己言及的な批判が出たことで、本シリーズは本当の意味で多様性を語る内容になった。この前衛性は、ただ突飛なものとしてではなく、『シー・ハルク』の設定を活かし、さらに“女性の主体的な意志を貫く”といった、必然性を持って描かれているからこそ、より深い意義を示すことに繋がっている。そしてそれは、むしろMCUの価値を上げ、次の段階に進ませる結果になったはずである。
忘れてはならないのが、ジェニファーの敵として描かれる、“女性憎悪”にかられた男性たちの存在である。Netflix配信のドキュメンタリー作品『インターネットで最も嫌われた男』でも取り上げられたように、アメリカでは自分の意志に反して性的な動画がネットに拡散されてしまう「リベンジポルノ」事件が多発し、とりわけ女性を中心に数多くの被害者が生まれることとなった。その背景には、それを拡散して喜びあざける者たちの悪意が存在する。また、この一連の事件には技術革新が絡んでいるため、法整備のスピードがなかなか追いつかないという難点がある。法律を専門にするジェニファーが、この種の事件に巻き込まれるのは象徴的といえる。
この現実に存在する悪意は、女性を主人公にした映画作品や出演者に対してもぶつけられてきた。『ゴーストバスターズ』(2016年)や『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(2017年)、『キャプテン・マーベル』(2019年)などの作品では、インターネット上で作品の評価、評判を意図的に下げる嫌がらせがおこなわれたり、SNSで出演者を直接的に罵倒する行為がエスカレートしていった。これは、もともと女性やフェミニズムを攻撃しようとする意図を持った人々による行為であり、作品そのものの出来や、出演者の演技の内容とは関係がないものだ。
本シリーズは、そのような歪んだ加害意識にとらわれ、作品やつくり手たちを攻撃する者たちを、主体性を持って生きようとするジェニファーの敵として登場させ、その精神的な未熟さや醜さをそのまま描いている。それは、「このような差別者、加害者は、MCU作品の視聴者、観客ではない」という、はっきりとしたメッセージにもなっている。この問題を、いままでになく明確に描いたことも、本シリーズの功績であり、同時にマーベル・スタジオやディズニーが、今後送り出していくエンターテインメントにおける姿勢の代弁だといえるのである。
■配信情報
『シー・ハルク:ザ・アトーニー』
ディズニープラスにて配信中
©︎2022 Marvel
公式サイト:https://disneyplus.disney.co.jp/program/She-Hulk.html