『3つの鍵』と『親愛なる日記』のギャップにハマる ナンニ・モレッティの不滅のブランド力

『3つの鍵』ナンニ・モレッティのブランド力

 ここ数年、コンテンツ過多の時代はさらに加速し、観る映画をどう“選ぶ”か――その判断がどんどん難しくなってきた。コンテンツが増える=相対的に「面白そう」と思う映画も増えるからだ。しかし、不思議なことに私たちの1日は24時間に固定され、物価は上昇し、税金は増え、余暇の時間も経済状況も圧迫されてばかり。受容<<<供給の現代、忙しさと貧しさの中で私たちは、貴重な時間とお金を使って観る映画をこれまで以上に吟味している。

 一昔前みたいに「暇を持て余してふらっと映画館に入った」「よく知らないけどなんか面白そうだから観た」なんて気軽さが(特に劇場作品においては)失われたいま。数多の映画の中から自分のリソースを割く作品を選ぶには、自身を納得させる材料がいる。コロナ禍によるフィジカル面のハードルも上がり、ポスターや予告に惹かれたとか出演者が推しだとか、ひとつの理由だけでは劇場観賞には不十分。複数のチェックポイントをクリアしないとなかなか実際の行動には移しづらいのが、全員ではないにせよ現代の観客の心理のひとつといえるのではないか。個人的な肌感としては、コアな映画ファンにおいてもその傾向が出てきたように見受けられる。

『3つの鍵』©2021 Sacher Film Fandango Le Pacte

 そんな中で、変わらず映画好きを動かす理由のひとつといえるのが、監督だ。ウォン・カーウァイやジム・ジャームッシュ監督の特集上映が盛況で、ニコラス・ウィンディング・レフンやポール・トーマス・アンダーソン監督の特集上映が発表されると話題に。スティーヴン・スピルバーグの『The Fabelmans(原題)』やクリストファー・ノーランの『Oppenheimer(原題)』といった新作の情報はやっぱり気になるものだし、「あの監督の作品が配信スルーなんて!」という声もよく聞く。

 ではなぜ、こういう切迫した状況においても「監督」のブランド力はまだまだ輝きを放っているのだろうか? それはやはり、「ハズレがない」からだろう。この監督についていけば毎回満足させてくれる、という信頼感があればこそ、我々は不確定要素だらけの映画に時間やお金を投資するのだ。「競争率が上がればこそ、失敗したくないという気持ちが芽生え、作り手が引き立ってくる」というのは、非常に理に適っている。

『親愛なる日記<レストア版>』

 前置きが少々長くなってしまったが、「何の作品を作った監督が、次にどんな物語を紡ぐのか」がこれまで以上に重視される現在は、作家性に注目する人々が一層増えたフェーズといえるかもしれない(直近の好例が『NOPE/ノープ』のジョーダン・ピール監督であろう)。そこで今回取り上げたいのが、『3つの鍵』『親愛なる日記<レストア版>』が連続公開されるイタリアが生んだ巨匠、ナンニ・モレッティである。

 彼は先に挙げたメンバーよりは渋い作り手かもしれないが、ナンニ・モレッティの名前を聞いてピンと来ない方にも、『息子の部屋』の監督というと伝わるのではないか。もし同作を未見であっても、2001年の第54回カンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールに輝いた人物と聞けば、その凄さが見えてくるかもしれない。

ちなみに、2000年近辺のカンヌ国際映画祭のパルムドール受賞作を軽く紹介すると、
2000年:『ダンサー・イン・ザ・ダーク』
2001年:『息子の部屋』
2002年:『戦場のピアニスト』
2003年:『エレファント』
であり、近年では
2018年:『万引き家族』
2019年:『パラサイト 半地下の家族』
2021年:『TITANE/チタン』(※2020年は中止)

である。いずれも、映画好きであれば知らぬ者はいない作品ばかり。さらに、モレッティ監督は『親愛なる日記』から最新作『3つの鍵』までの全7作品がカンヌ国際映画祭コンペティション部門で正式上映されている実力者。

 しかも、モレッティ監督はマルチクリエイターと呼ぶにふさわしい人物で、ほとんどの作品で監督・製作・脚本・出演をこなしている。ちょうどいま『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』(NHK総合)が放送中のオダギリジョーのようなスタイルといえるかもしれない。言ってしまえば個性=カラーが相当強いクリエイターであり、ファンにおいては推しがいのある人物ともいえる。沼にハマれば濃く楽しめるぶん、ビギナーには少々敷居が高い向きもあるが、新作の『3つの鍵』は様々な工夫が施されており、フラットに飛び込める内容となっている。

『3つの鍵』©2021 Sacher Film Fandango Le Pacte

 まず注目したいのは、「3」という数字だ。映画において「3」は非常に重要で、こと群像劇において非常に効果的。『アモーレス・ペロス』しかり『サード・パーソン』しかり、3者ないし3組の物語が拘束する構成は、2時間の枠に収めるのに非常にバランスがいい。観客が登場人物を把握しやすく、かつそれぞれを濃く描けるのだ(余談だが、連続ドラマだとその比率も変わる。人気脚本家:坂元裕二は『最高の離婚』(フジテレビ系)、『カルテット』(TBS系)、『大豆田とわ子と三人の元夫』(カンテレ・フジテレビ系)、『初恋の悪魔』(日本テレビ系)など「4人」の物語が得意だ)。

 しかも本作は、「同じアパートに住む3つの家族の物語」であり、それぞれが“事件”に遭遇することで関係性が変容していくさまを追いかけている。広義のワンシチュエーションものは人気のジャンルであり、序盤からつるべ落としのように事件が立て続き、幸せな家族が壊れていくサスペンス&ミステリー展開は実に見やすく、かつ続きが気になるものでもある。物語を転がすテンポや3組の物語を行き来する編集にも飽きやすい現代性をカバーするようなアレンジが効いていて、「巨匠の作品」と身構える必要がない(それでいて、要所の静かなる迫力、後半に待ち受けるドラマの盛り上げ方と豊かな余韻は、さすがの分厚さだ)。

『3つの鍵』©2021 Sacher Film Fandango Le Pacte

 アパートの外観を観察するように映し出す冒頭のショットから事件性をにおわせ、住人の乗った車が通行人をはね、アパートに突っ込むという衝撃シーンからスタート。そこで驚いて顔を出してくる住人たちがキャラ紹介を兼ねているという演出もスマートで上手い。

『3つの鍵』は
1階:7歳の一人娘と暮らす夫婦
2階:夫が長期出張中の妊婦
3階:裁判官夫婦とその息子
の3組の住人を描いた物語だが、

 3階のドラ息子が1階の家族の家を破壊→1階の夫婦は向かいの老人に娘を預ける→老人は認知症気味で娘と失踪……といったように、ひとつの事件が次の事件を生んでしまい、家庭内暴力や不倫、精神病の発症、不和や衝突、絶縁につながっていく。先ほど述べたように、序盤から中盤は目が離せないほどに超ドロドロ展開を詰め込み、そこから劇中の年月が経つにつれてスローなテンポに移行し、どっしりとした演出で物語の深みを魅せていく方法論が効いている。

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