『3つの鍵』と『親愛なる日記』のギャップにハマる ナンニ・モレッティの不滅のブランド力

『3つの鍵』ナンニ・モレッティのブランド力

 また、個人的に印象的だった部分は、ドロドロをカラッと描く引いた目線――つまり、大げさな音楽や劇的な感情芝居、やたら動くカメラワークなどで盛り上げようとすることなく、各住人たちを観察するように、或いは各々と同じ目線でフラットに描いていること。ともすればこのような題材をウェットに描きがちなものだが、余白を重視したつくりにしている点が心地よい。後半に行くにつれて巨匠の凄みが増すグラデーションにも通じるが、事件はテンポよく続いていくものの説明もセリフも最小限で、登場人物の心境は各々が置かれた状況や感情から我々観る側が想像し、察するようになっている。観客に思考させる余地を多分に残している点は、まさに映画の力――120年の歴史の中で姿かたちを変えながらも、確実に継承されてきた名作の共通項を感じられる部分といえよう。

 なお、『親愛なる日記<レストア版>』でも「3」が重要な意味を持っており、こちらは3章構成。モレッティ監督が主演も務めていて、第1章ではベスパでローマを走り、第2章では脚本を書き上げる場所を探して友人とエオリエ諸島をめぐり、第3章では激しいかゆみに襲われたモレッティ監督が治療法を探す。

『親愛なる日記<レストア版>』

 内容的にも私小説的であり、『3つの鍵』とは違ってがっつりコメディタッチだ。例えば、第1章では映画を観に行ってもセリフや描写が気になって楽しめなかったり、第2章では電気がない島を訪れた友人が「テレビー!」と叫びながら島を出る船に飛び乗ったり、第3章ではモレッティを診た医者たちの言うことがみな違っていて困惑したり……(かゆがる姿は不憫だがちょっと笑えてもしまう)。ちょっとシニカルな要素も絡めつつ、映画監督の“日常”を描いていく。

 『3つの鍵』から入った観客にとってはその振り幅の広さに驚くかもしれないが、モレッティ監督の作風はむしろ“笑い”が重要なポイント。ローマ法王の逃亡劇『ローマ法王の休日』や、映画監督と病の母の関係を描くヒューマンドラマ『母よ、』にも、ユーモアがちりばめられている。そしてここに、冒頭に述べた「監督で観る」面白さがあるのではないか。

『3つの鍵』©2021 Sacher Film Fandango Le Pacte

 モレッティ監督の過去作品を観てから『3つの鍵』に臨むと、ユーモアを封印した硬派な内容に驚かされるだろう。反対に『3つの鍵』でモレッティ作品に触れてから『親愛なる日記<レストア版>』を観ると、陽気な世界観にびっくりするはず。しかもどちらの作品にも(というかほとんどの作品に)モレッティ監督が出演しているため、「『3つの鍵』であんなにシリアスな演技を披露していた監督がカフェで踊り狂っている!」と思わず笑いがこみ上げてくるし、「モレッティ監督は俳優としても役柄の幅が広い……」と感じられたり、この2作を比較するだけでも縦軸で観る面白さを感じられるはずだ。

 陰と陽、硬と軟の両方を兼ね備えたモレッティ監督。『3つの鍵』は彼の集大成的な一作ともいわれているが、次回作はコメディになるという。『フラッシュダンス』や『ヘンリー』、パゾリーニ監督など映画ネタが満載の『親愛なる日記<レストア版>』、映画の力をたたえた『3つの鍵』。直接/間接的に映画愛を作品に盛り込んできたモレッティ監督は、まだまだ軽やかに映画と戯れた作品作りを行っていくのだろう。

■公開情報
『3つの鍵』
全国公開中
監督:ナンニ・モレッティ
原作:エシュコル・ネヴォ
脚本:ナンニ・モレッティ、フェデリカ・ポントレモーリ、ヴァリア・サンテッラ
出演:マルゲリータ・ブイ、リッカルド・スカマルチョ、アルバ・ロルヴァケル、ナンニ・モレッティ
配給:チャイルド・フィルム
後援:イタリア大使館
特別協力:イタリア文化会館
2021年/119分/イタリア・フランス/ヴィスタサイズ/原題:Tre piani/字幕翻訳:関口英子/R15+
©2021 Sacher Film Fandango Le Pacte
公式サイト:https://child-film.com/3keys/

『親愛なる日記<レストア版>』
全国公開中
監督・脚本:ナンニ・モレッティ
撮影:ジュゼッペ・ランチ
編集:ミルコ・ガローネ
音楽:ニコラ・ピオヴァーニ
衣装:マリア=リタ・バルベラ
美術:マルタ・マフッチ
サウンド:フランコ・ボルニ
助監督:リカルド・ミラーニ
プロデューサー:アンジェロ・バルバガッロ、ナンニ・モレッティ、ネラ・パンフィ
出演:ナンニ・モレッティ、ジェニファー・ビールス、アレクサンダー・ロックウェル、カルロ・マッツァクラーティ、レナート・カルペンティエーリ
日本語字幕:吉岡芳子
製作:SACHER FILM BAN FILM LA SEPT CINEMA STUDIO CANAL PLUS
製作協力:RAI UNO CANAL PLUS
配給:チャイルド・フィルム
1993年/伊仏合作/1時間41分/カラー/ヨーロピアンビスタ/ドルビー・ステレオ
公式サイト:child-film.com/shinai

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