『さかなのこ』は最高の“親切映画”だ “好き”を懸命に追いかけるのんの生き様が眩しい

 映画のなかで、ミー坊を傷つけるようなできごとはさりげなく省略されている。これもまた本作の大きな特徴だ。両親の離婚。水族館の退職。レストランで起こった、友達とその恋人との口論。こうした場面はどれも「そのようなできごとがあったのだな」と想像させるにとどめている。離婚時に両親がどのような言い合いをしたか、水族館を退職する際にどんな気まずい思いをしたか、友人と恋人がどれほどの口論になったか……。劇中、そうした顛末は決して描かれない。

 また高校の不良グループの喧嘩も、どこかミュージカルのワンシーンのような明るさがあり、まったく暴力の影が見えない。モモコがシングルマザーになった経緯だって、実際はきっと残酷なものだろう。そこをあえて描写せず、周囲の親切によって生きる道を切り開いていく物語に変換した点に愛情を感じた。やはり大事なのは親切心なのだ。相手に対して親切に接することで、私たちの人生は豊かになる。何が戻ってくるとか、自分にどんな利益があるからという計算抜きに、ただ目の前の人に親切にしたくなる瞬間があるのではないか。お人好しでいいじゃないか。親切は、しても嬉しいし、されても嬉しいものだ。

 そしてミー坊を演じるのんもまた、彼女らしさを失わずに生きている俳優だ。この役には彼女しかいない、という絶妙のキャスティングが、『さかなのこ』をいきいきとした作品にしている。ミー坊というキャラクターを全身で演じきれる純粋さがある俳優は、きっと彼女ぐらいだ。

のん、役者業は「一生現役!」 デビュー当時からの変化、そして30代への意気込みを語る

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 一方で私は、この堅苦しい社会で生活していくために自分を曲げてしまった、つまらない大人である。だからこそ、ミー坊の輝きがまぶしくてしかたがない。きっとミー坊はこの社会のどこかにひっそりと棲息していて、自分の「好き」をひたすらに追いかけているのだろう。だからこそ、もしどこかでミー坊(のような人)に会えたなら、私はできるだけ親切にしてあげたいのである。その純粋さに触れたとたん、親切にしないではいられないだろうと思うのだ。

■公開情報
『さかなのこ』
TOHOシネマズ 日比谷ほかにて公開中
出演:のん、柳楽優弥、夏帆、磯村勇斗、岡山天音、さかなクン、三宅弘城、井川遥
原作:さかなクン『さかなクンの一魚一会 ~まいにち夢中な人生!~』(講談社刊)
監督・脚本:沖田修一
脚本:前田司郎
音楽:パスカルズ
主題歌:CHAI「夢のはなし」(Sony Music Labels)
製作:『さかなのこ』製作委員会
制作・配給:東京テアトル
©︎2022「さかなのこ」製作委員会

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