ジェフ・ブリッジスらが“アメリカの精神”を体現 とにかく“渋い”『ザ・オールド・マン』

『ザ・オールド・マン』はとにかく“渋い”

 公開初日に記録的な視聴者数を記録し、批評家にも絶賛されているシリーズ、『ザ・オールド・マン~元CIAの葛藤』……タイトルの通り、“オールド・マン(老いた男)”となった元スパイが葛藤するドラマだ。好評を受けて、早くもシーズン2の製作が決定したという。

 とにかくこれは、“渋い”……! 渋みを楽しむという意味では、これを超えるドラマ作品は近年なかなか見つけ難いのではないか。何しろ、70代となったジェフ・ブリッジス、70代中盤のジョン・リスゴーという、年配の名優二人が前面に出る作品なのだ。ここでは、そんな“渋い”『ザ・オールド・マン~元CIAの葛藤』の魅力を深掘りしてみたい。

ザ・オールド・マン~元CIAの葛藤

 本シリーズは、強力な俳優陣以外にも話題となる理由がある。最初の2つのエピソードを監督しているのは、近年の『スパイダーマン』映画シリーズが大きな成功を収め、サスペンス『COP CAR/コップ・カー』(2015年)を撮りあげているジョン・ワッツなのだ。それを知ると、確かにこの2話の演出の切れ味には凄まじいものがある。そして、ベテランと若手が混じった演出陣がシリーズにさらなるリズムや味わい深さを加えている。

 まず注目すべきは、日常的な描写のなかに突然飛び込んでくる、強烈なバイオレンス表現。本シリーズは、スパイドラマでありながら、それほどスケール感を強調せず、むしろ生活や日常を丁寧に描いている部分が印象に残る。だからこそ、そこに不意に飛び込んでくる命懸けの戦いがリアリティを獲得し、我々視聴者の生きる同じ世界の出来事に感じられるのである。

ザ・オールド・マン~元CIAの葛藤

 画面の色調は、ブラウン系の印象が強く出ていて、“人生の冬”を目の前にした季節の雰囲気が漂っている。ここは、スパイ映画『裏切りのサーカス』(2011年)の雰囲気に近く、同作のファンは入り込みやすいのではないか。

 さらに上品かつ鮮烈な印象を与えるのは、タイトル部分でエピソードごとに表示される、複数の絵画作品だ。これは、イギリス系イラン人アーティストのハナ・シャナヴァズによるもので、中国美術の影響を受けたといわれる、伝統的な「ペルシャ細密画」を基にした彼女の作風が、ミステリアスな雰囲気や、物語の背後にあるテーマを暗示していると考えられる。こちらは、ドラマ版『FARGO/ファーゴ』のアートワークを、より洗練させたものに感じられ、心地よい部分だ。こういう細かいところが、ドラマの質を上げているといえる。

 物語は、トーマス・ペリーの同名ベストセラー小説を基に、ドラマ用に脚色したもの。主人公のダン・チェイスは、妻と死別し、2匹の忠実な犬とひっそり生きている老年の男だ。彼の正体は、元CIAの工作員である。数々の任務をこなすことで国家に貢献し、そのために殺人をもおこなってきた過去を持っている。チェイスはそんな物騒な仕事を30年前に引退していたが、彼の命をいまさらになって狙う勢力が現れるのである。

ザ・オールド・マン~元CIAの葛藤

 チェイスのパーソナリティや背景は、最初の時点で全て明かされているわけではない。生き延びるための戦いや、人との出会いのなかで交わされる会話や行動のなかで、視聴者は少しずつ彼の事情を知っていくことになるのだ。そうやって明らかになっていくのは、どうやらチェイスは、過去のある出来事によってアメリカ当局から逃れる身であり、ひとり娘が存在し、過去にアフガニスタンの紛争にかかわっていたらしいことなどだ。

 謎めいた設定は、ミステリーとしての魅力を持つことは確かだが、多くの視聴者を楽しませるような娯楽性の高いドラマを構築する際、通常このような脚本の流れにはしないものだ。なぜなら、視聴者が主人公の重要な情報を知ることができない状態では、その行動が他人事としか思えず、感情移入が阻害される場合が多いからだ。

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