ジェフ・ブリッジスらが“アメリカの精神”を体現 とにかく“渋い”『ザ・オールド・マン』

『ザ・オールド・マン』はとにかく“渋い”

 しかし本シリーズは、そこをジェフ・ブリッジスの演技力と雰囲気で、かなりの部分カバーできている。チェイスという人物の全容は分からずとも、その一挙手一投足から伝わってくる情報が、どのような人間性で、どういう悩みに直面しているかということを、抽象的に物語っているのだ。そして、それ自体が後のストーリーの内容を暗示しているともいえる。それは、チェイスを追うFBI副長官を演じる、ジョン・リスゴーも同じことだ。だからこそ視聴者は、演技そのものを一種の物語としても楽しむことができる。並の俳優たちでは、こうはいかないだろう。

ザ・オールド・マン~元CIAの葛藤

 『ラスト・ショー』(1971年)で20代前半にしてアカデミー賞にノミネートされ、その後何度ものノミネートを経て、『クレイジー・ハート』(2009年)でついに主演男優賞を獲得、その後も充実した役柄を演じてきたように、その輝かしい俳優人生のなかでジェフ・ブリッジスは、幾度も“アメリカの男性”をある意味で代表するような肖像を、時代とともに表現してきたといえる。

 自ら製作総指揮も務めている本シリーズもまた、その例に漏れない。それだけでなく、一つの人格を演じながら、あたかもそれが、善性と闇の部分を併せ持つ、“アメリカ”という国そのものを表しているようにすら感じさせるところがある。このあたりに潜む文学性が、本作が娯楽よりも、どちらかというとアートの側に寄っているといえる部分なのではないか。

ザ・オールド・マン~元CIAの葛藤

 文学性といえば、とにかくセリフの分量が多いことも本シリーズの特徴だといえよう。面白いのは、その内容の多くが、シナリオを補強する情報というよりは、人生や世の中の見方を語ったものが多いということ。チェイスはもちろん、彼を追うFBI捜査官たちや、チェイスが偶然出会う女性、そして死んだ妻の幻影の発する言葉に至るまで、どう人生を生きるか、日々の暮らしをどうするかということを、登場人物たちが最も重要なものとして考えていることが分かるのだ。

 仕事や人生に悩みがある登場人物というのは、日本の刑事もののドラマでも、わりと描かれてきているが、本作のように、ほぼ全ての人々が葛藤のなかにあるというのは珍しいはずだ。本作はFBI副長官ですら、一つひとつの仕事に疑問や葛藤を抱く姿が描かれる。視聴者にとっては、この表現をまだるっこしいと思ったり、仕事に対して不真面目な態度だと感じる場合があるだろう。

ザ・オールド・マン~元CIAの葛藤

 しかし、よく考えてみてほしい。いろいろなことにいちいち登場人物たちが葛藤を覚えるのは、キャラクターがそれぞれに自分の人生をより良いものにすることを優先しているからだ。それは、倫理的な点でももちろん、家族に危険が及ぶリスクを避けたり、社会的な地位を継続させるためであったりもする。つまり、集団の利益でなく自分個人の利益や生き方を大事にしているのである。それが、本シリーズ全体を包む“精神”であり、ある意味ではアメリカの精神であるともいえるのだ。

 これは、自分の人生の終わりが見えてくる年代だからこその考え方であるともいえる。劇中でチェイスの妻の幻影は、「終わりが大事」だと夫に語りかける。人生の終わりの時期が、人生全体の意味合いに大きく影響するのだと。だからこそ、限られた時間で何をするか、どう生きるかということが重要な問題となってくる。

ザ・オールド・マン~元CIAの葛藤

 日本社会では、仕事にプライベートな感情を介入させなかったり、粛々と業務をこなす態度が、大人っぽいと考えられている部分がある。だが、本当の意味での“大人”とは、集団のなかでも自分の意見をはっきりと主張し、いざというときに、自分のために所属する組織に逆らうこともできるということではないか。そして、目先の成功や保身でなく、人生というスケールでものごとの判断ができるということではないのか。

 本シリーズは、そういった、真に共感できる登場人物たちでドラマが構成されているからこそ、何層もの謎に包まれたミステリーとしての面白さと、文学的なアート性を発揮しながらも、エモーショナルな部分を外すことのない、ドラマとしての力強さを保っているといえるのだ。

■配信情報
『ザ・オールド・マン~元CIAの葛藤』
ディズニープラスのスターにて独占配信中
@2022 Disney and its related entities

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