『バズ・ライトイヤー』飛行テストが暗示する“人生の持ち時間” バズの苦悩が胸を打つ

『バズ・ライトイヤー』が示す人生のはかなさ

 『トイ・ストーリー』シリーズ(1995年~2019年)のスピンオフとして製作された映画『バズ・ライトイヤー』が、7月1日から公開となった。いったいどのような派生作品なのか、予告編だけではやや分かりにくかったが、本作は「かつてアンディ(シリーズ本編に登場する少年)が、バズ・ライトイヤーのおもちゃを買うきっかけになった1995年公開の映画」という設定になっている。

 こうした前情報からは、キッズアニメの王道を行く冒険と感動の物語なのではと予想されるが、実際の作品はかなり印象が異なっていた。本作を観た観客の多くは「まだ幼い少年が、この重苦しい映画を好きになるだろうか」という疑問を抱くだろう。子ども向け作品らしからぬ、登場人物の生々しい苦悩が感じられる内容が特徴だ。

 しかし私は、そのいびつなバランスや暗い影に惹かれた。常に観客の期待を越える、洗練された映画を作ってきたピクサーらしからぬ泥臭さやがむしゃらさを感じ、大いに胸を打たれたのだ。

 宇宙を旅する探索船ターニップの乗組員、バズ・ライトイヤー(クリス・エヴァンス)は、豊かな資源を有する未知の惑星を発見して着陸する。ところがバズは、惑星からの離脱に失敗し、探索船を破壊してしまった。飛べなくなってしまった探索船。バズは、1000人以上の乗組員が惑星から出られなくなる事態を招く、大きなミスを犯してしまう。

 その後の脱出計画は難航をきわめ、何年にも渡って惑星で暮らす羽目になった乗組員。惑星から脱出するためには、特殊なハイパースピード燃料を完成させなくてはならない。バズは自分の失敗を取り戻すために実験へのめり込んでいくが、なかなか成功しない。やがて惑星での滞在はさらに数十年と長期化し、ついに惑星で寿命を終える仲間が出てきてしまった。そんな中、バズは仲間の猫型ロボット・ソックス(ピーター・ソーン)と共に、脱出用燃料の開発を完成させつつあった。

 映画冒頭、探索船の事故によって、とても重い責任が主人公にのしかかる。何しろ、1000人以上の乗組員の運命を変え、その後何十年にも渡って家に帰れなくなるような状況を作ってしまったのだ。故郷の家族に会えないまま、惑星で死んでしまった乗組員もいただろう。こんなに取り返しのつかない失敗をしてしまった人物を、キッズアニメの主人公にしていいのだろうかと心配になってくる。もし自分がバズの立場だったらと考えただけで、冷や汗が出てきそうなあらすじではないか。

 さらには、彼が行う実験の大きなリスクも印象深い。彼が宇宙船に乗って4分の超高速飛行テストを一度行うたび、ウラシマ効果によって地上では4年の時間が経過してしまうのである。実験を繰り返す主人公だけが歳を取らず、まわりが老いていく状況は、どこか『インターステラー』(2014年)を連想させるモチーフだ。かつてバズと同じ若者だった仲間は老人になり、飛行テストを終えて戻ってくると亡くなってしまっている。人生のはかなさを感じさせる描写だが、子ども向けではない。

 監督のアンガス・マクレーンがインタビューで話していて印象的だったのは、一度の飛行テストのあいだに4年が経過する設定は、映画を作ることの比喩なのだというエピソードだ。

「これまで約20年ピクサーで働いてきましたが、映画制作には毎回4年程かかり、完成すると“歳を取ったなあ”と年月を経たことに気づくのです」(※)

 私はこの発言を読んだとき、監督が込めたメッセージが痛いほどよく理解できたし、なるほどと腑に落ちたのだった。4年は思ったよりずっと早い。自分が参加した映画が公開されるたび、監督は考えただろう。「あと何本、映画を作れるか」「もっとよく作れたのではないか」「この4年に意味はあったのか」など……。

 映画を3本作るあいだに、小さかった赤ん坊は中学生になっている。時間はあっという間に失われていくのだ。子どもの頃は、生きていればいろんなことを気が済むまでできると思っていたけれど、年齢を重ねるごとに、自分の持ち時間は意外に少ないのだと痛感させられる。バスの飛行テスト場面が胸に迫るのは、私たちにはあまり時間がない、という現実をつきつけられるような気がしたためだった。

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