阪本順治監督が指摘する伊藤健太郎の魅力 “親子”のような2人が『冬薔薇』を語る
伊藤健太郎がスクリーンに帰ってきた。しかも阪本順治脚本・監督作で。映画ファンの多くが心が沸き立つ監督と主演のタッグに、情報発表時から大きな注目が集まっていた映画『冬薔薇(ふゆそうび)』。何をやっても中途半端な主人公・淳を伊藤が演じること、しかも阪本監督によるアテ書きであること、日本映画を支える錚々たる役者陣が揃っていることなど、伊藤のために作られたと言っても過言ではない一作に仕上がっている。取材前から仲の良さを感じさせるコミュニケーションを取っていた阪本監督と伊藤。2人が本作にどんな思いを込めたのか、じっくりと話を聞いた。
伊藤健太郎「本当に刺激しかない時間でした」
――取材前、阪本監督が「けんちゃん」と呼んでいたのに驚いたのですが(笑)、普段からそう呼んでいたのですか?
阪本順治(以下、阪本):あ、初めて言ったかもしれない(笑)。
伊藤健太郎(以下、伊藤):嬉しいです(笑)。
――2人の仲の良さが垣間見えますが、伊藤さんにとって阪本監督はどんな方ですか?
伊藤:お父さんですね(笑)。
阪本:お父さんって……。
伊藤:いや、本当に。いろんな新しいことを教えていただきましたし、刺激もいただきました。自分にとってはまた新しい役者人生というか、第二の役者人生がこの映画から始まると思っています。だから今日(取材は『冬薔薇』完成披露上映会当日)は僕の中でとても大切な日になっています。
――再始動後、最初の出演作が阪本監督だったのは大きかったですか?
伊藤:めちゃくちゃ大きかったです。1カ月間、ロケ地に泊まりっぱなしで、撮影させていただいたこと、大先輩方の演技を間近で見させてもらったこと、本当に刺激しかない時間でした。
――阪本監督にとって伊藤さんはどういう存在ですか?
阪本:(真剣な表情で)まぁ、“養子”にするにはまだ早いかな。
一同:(爆笑)
阪本:40歳も離れた俳優さんを迎えるのは初めてだし、そんなことはもう一生ないと思ってました。自分の書く脚本のセリフや行いが、今の20代前半の子たちから乖離していたら嫌だなぁっていうのもあったんです。でも、健太郎に出会ってから撮影を進めていく中で、最初に心配していたものは何もありませんでした。やっぱり映画を作るメンバーは、そういう“溝”を取っ払ってくれるんだなと。健太郎との仕事は、とても新鮮な体験をさせてもらったし、こういうオファーが来なかったらずっと(石橋)蓮司さんとやってましたね(笑)。(※石橋蓮司は阪本順治監督作に多数出演)
――ただ、淳という主人公像にせよ、ラストの展開にせよ、ともすれば伊藤さんへの非常に厳しいメッセージでもあるようにも感じました。
阪本:健太郎は「喜びを感じる現場だった」と言ってくれていましたけど、演じるにあたってはかなり追い詰められたと思います。僕が追い詰めたってことになるんですが。すこし意地悪な言い方になってしまいますが、追い込まれた時に彼はどんな芝居をするのかなと思いながら現場では接していました。結果として、見事にその期待に応えてくれました。
伊藤:今振り返っても、苦しかった部分を含めて、大好きな現場でした。今までもいろんな現場を経験させていただきましたが、本作が一番しんどい現場だったのは間違いないです。撮影が終わってホテルに戻っても、一人でずっと自問自答する日々で。淳が感じていた行き場のない感情を、自分と重ねながらずっと考えていたので、撮影中の1カ月間は常に息がしづらいような感じでした。ただ、そのおかげで淳として作品の中に存在することができたのかなと。芝居をしない1年間の時間があったからこそ、淳を演じることができたと今は思います。
――印象的なシーンのひとつとして、淳がトイレで排便をする場面があります。敢えてその姿をしっかりと映しているところに、「自分のケツは自分で拭け」という作品のテーマと重なる強い意志を感じました。
伊藤:いいですよね、あのシーン。
阪本:絶対にちゃんと映そうと思っていました。
――このシーンが象徴的なように、全編にわたり強いテーマが貫かれている作品ですが、伊藤さんは特に印象に残ったセリフなどはありますか?
伊藤:本当にたくさんあります。ひとつは、淳と同じ専門学校に通う友利(佐久本宝)と親父(小林薫)の会話。「お父さんは子供に嫌われたくないから何も言えないんですよね」という友利のセリフがあるんですが、自分の父親との関係をすごく思い出しました。決して悪い関係ではないんですが、どこか壁がある感じというか。だから、淳が親父に向かって言う「死んじまえでもいいから何か言ってくれよ」は、自分も思ったことがあったなとすごく刺さるものがありました。
――このセリフは阪本監督ご自身と父親との関係性でもあったのでしょうか?
阪本:そうですね。僕の親父も叱り方がわからない人でした。何年か前、親父が亡くなってから、やっと昔の関係性を思い出せたんです。お袋にすごく当たらせて、自分はさも味方のように振る舞ったりしていたなと(笑)。それって他の家庭にもあることだし、野郎男衆の一番苦手な部分ですよね。昭和の男って、黙ってしまうか、極端にスパルタなのかどっちかだったと思うんですよ。健太郎が話してくれた自身の家族の話をヒントにしつつ、僕の世代とは全く違えど、父と子の関係性は重なるところがあったので、そのあたりを脚本に落とし込んでいきました。
――本作は淳の物語ではありますが、淳は彷徨う存在で、彼に関わるキャラクターたちこそが主人公であるようにも感じます。日本映画界を支えてきた役者陣が勢揃いしていますが、そんな方たちとの共演も伊藤さんにとっては大きかったのではないでしょうか。
伊藤:刺激でしかなかったです。例えば蓮司さん。80代とはまったく思えないほど、背筋をぴんと伸ばして、現場にバッと入っていく。もう、後ろ姿がめちゃくちゃかっこよくて。自分も50年、60年経った先、蓮司さんみたいに現場でやれてるのかなと思うと、まだまだ足りないなって。薫さんも余(貴美子)さんもそうです。芝居はもちろん、人間として、自分の目指すべき道が見えたというか。本当に良い経験をさせていただきました。