『アオアシ』“Jユース”世代の成長を追いかける群像劇 必殺技のない原作をどうアニメ化?
現代サッカーのリアルを突き詰めた戦術
2つ目に特徴的なのは、試合中の戦術・スキルについてだ。本作には往年の名作『キャプテン翼』(集英社刊)で出てくるドライブシュートやタイガーショット、あるいはスカイラブハリケーンのような、必殺技めいた数々の技は登場しない。
代わりに登場するのは、現代サッカーのなかでも頻出するようなチーム戦術や個人スキルの数々、何より「この選手がこのように動いている」「相手はこのように動いている」という俯瞰した視点で選手の動きを緻密においかけ、ポジショニングやフリースペースを意識した試合進行だ。
現在マンチェスター・シティで監督を務めるジョゼップ・グアルディオラが広めた5レーン理論やポジショナルプレーを筆頭に、ユルゲン・クロップによるゲーゲンプレスを軸にしたストーミング戦術、イングランドサッカーでは古くからあるキック・アンド・ラッシュとカウンター、2000年代初期にジュビロ磐田がみせたN-BOXシステムなど、現代サッカーにおいて中心となっているチーム戦術を取り入れつつ、サッカーマニアには有名な戦術も描かれている。
ちなみにN-BOXシステムについて描かれた際には、当時このシステムで戦ったことのある中山雅史がその噂を聞きつけてYouTubeで取り上げるほど。同作品の影響力が伝わってくる。(※1)
こういったチーム戦術に限らず、個人戦術(スキル)についても描いているのが本作だ。主人公の葦人はセンスはあるが、体格が細く身長は小さめ。サッカーにとって重要な足元のスキルがおぼつかない上に、それまでの身勝手なプレイングが災いして周囲との連携がうまく取れないといったいくつもの弱みをもったところからスタートしており、作中ではユースチームに所属するにはあまりにもヘタであるとコーチ陣や選手陣から何度も指摘されることになる。
そんな苦境のなかで練習を続ける葦人。ドリブルをしながら様々な場所を見るクセをつける、普段の道の中で「どの場所に何があるか?」を記憶するといった練習だけでなく、「止めて、蹴る」という基本中の基本についても細やかな描写を割くなど、ベーシックかつ重要なスキルの奥深さに本作は重きをおいている。
そのなかで彼が得ていく知見や経験は、「攻撃・守備の局面ごとにどのような意識をもってプレーをすればよいか?」という最良・最適なプレー選択を考えるプロセスとしても描かれている。
やがて葦人が成長していくにつれてメンバーらも感化され、各々の弱みと向き合い、時には手を組んで解決しようと取り組んでいくことになる。個人戦術がチーム戦術へと徐々に影響を与えていくさまは、チームスポーツとしての深みのある面白さをビビッドに表現してみせている。
このように、プロサッカー選手になろうと休む間もなく足掻き続ける葦人を中心にして、「東京シティ・エスペリオンFC」のチームメイトやスタッフ陣、彼をサポートする多くの登場人物に加え、他チームの選手らの心境・状況までをも描いた本作は、ユースチーム所属の若き少年たちが、サッカープレイヤーとしてあるいは人間として成長し、と自立していく姿を追いかける群像劇となっている。
必殺技のない原作をどうアニメ化するか
というわけで、現代サッカーのフィロソフィーを詰め込んだ本作のアニメ化には放送前から大きな期待が高まっていた。最後に、そのスタッフからどのような作品が制作されそうかを予想してみよう。
監督にはさとう陽、シリーズ構成には『Free!』シリーズや『Re:ゼロから始める異世界生活』でシリーズ構成をつとめた横谷昌宏、サッカー監修として竹下健一、曽我準、飯塚健司が加わっている。飯塚健司はマンガ作品のほうでも監修に携わっており、アニメ作品にも参加、監修メンバーも3人ということで「リアル性」への追求は確かであろう。
アニメーション制作は数々の名作を手掛けてきたProduction I.Gが担っており、『黒子のバスケ』『ハイキュー!!』『ダイヤのA』など2010年代のなかで数々のスポーツ漫画をアニメ化、大きなヒットに繋げてきたことはアニメファンならばご存知のはず。
スピード感ある動き・演出・コマ割りで原作ファンどころかアニメファンをも夢中にさせたわけだが、ここで一つ思いだしてほしいのが「アオアシには必殺技のようなスキルがない」ということ。
必殺技を出すシーンがないということは、3Dエフェクトをふんだんに使った目に見えて華のあるようなカットがあまりないということにもなる。むしろ、一つ一つの判断やハっとした気づき、モノローグがゆっくりと走馬灯のように流れていく様子を、いかに印象的な技法で差し込んでいくかに注目が集まる。
キャラクターデザインとサブキャラクターデザインにはなんと9名のスタッフがクレジットされており、普段のアニメ作品ではお目にかかることのない「プリビジュアライゼーション(仮素材を使ってCG映像を制作し、最終イメージの共有やシミュレーションをすること)」もスタッフロールに加わっているなど、サッカーをアニメーション作品として描くことを再度考え直すかのような、その力の入れようは尋常ではなさそうだ。
11月21日から開幕予定となっているFIFAワールドカップカタール2022に、7大会連続7度目の出場権を手にした日本。そんな祝福すべきタイミングでいま一度「サッカーとはどのようなスポーツか?」というスポーツ性のみならず、関わる人たちの営み、一人一人の物語を知るには、本作は間違いなくうってつけであろう。
参照
※1. https://www.youtube.com/watch?v=8l448fKZPvE
■放送情報
『アオアシ』
NHK Eテレにて、4月9日(土)スタート 毎週土曜日18:25~18:50放送
原作:小林有吾
監督:さとう陽
制作:Production I.G
(c)小林有吾・小学館/「アオアシ」製作委員会