追悼・青山真治監督 偉大な同時代作家との出会いと別れ

 一批評家として断言させていただく。青山真治は世界でただ一人のD・W・グリフィスの後継者である。『EUREKA』(2000年)で主人公に激しく打ちつける雨滴を見れば、あるいは『サッド・ヴァケイション』(2007年)で、死んだ友の上着の袖が片方だけ土砂降りの中を生き物のようにひるがえるのを見れば、あるいは『共喰い』(2013年)で一族の呪われた歴史をめちゃくちゃにするすさまじい嵐を、『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(2005年)のラストで窓外に音もなく降りだす雪を、そして遺作となってしまった『空に住む』(2020年)で冥界に半分入りかけたようなタワーマンションの窓から見下ろされる柔らかな下界の光を見れば、青山が世界でたった一人の“嵐の孤児”であること、“アメリカ映画の父”グリフィスの正統的な後継者であることは明らかである。

青山真治監督

 3年前、青山真治から未発表小説が届いた。複数の文芸誌から掲載を見送られてしまった作品なんだけど、オギリン、読んでくれないかな。私は決して短くはない『HANQUAI(樊噲)』という驚くべきテクストを一気呵成に読んだ。たしかに小説というには、あまりに奇怪な実験的構成をもつ同作だが、おそるべき傑作ではないか。たしかにすごい分量ではあるが、これを載せない日本の文芸界の見る目のなさに唖然とすると共に、彼の生きているうちに『HANQUAI(樊噲)』についてきちんとした批評で応えずに時間をやり過ごしてしまった自分の不甲斐なさを、私は一生後悔するだろう。『HANQUAI(樊噲)』がそれにふさわしい形で世に出ないうちは、青山真治の真の追悼などありはしない。

参照

https://magazine.boid-s.com/articles/2022/20220225001/

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