『恋せぬふたり』は新たな“家族”の形を切り拓くか 年越し蕎麦の違いに込められていたもの
「アロマアセク」という言葉が出てくるたび思うのは、人間は名前がつくと安心するということだ。わけのわからない現象に名前をつけることで概念化し、恐れを解消する。天候や病気や怪奇現象などが一例だろう。そもそも「恋愛」だって、もともと人間に備わった種の保存のための生殖という本能の正当化じゃないけれど、「恋愛」という概念を後付したものではないだろうか。だから恋愛って何?と思う人がいてもおかしくないし、身体的な問題で性的欲求を感じない人がいてもおかしくない。それが少数で恋愛を当たり前と思っている人達が多いから、そうじゃない人たちを「アロマアセク」と名づけることで、当人たちもそうでない人も認める第一歩になる。しかもテレビドラマの主人公になれば、自分がマイノリティーなのだろうかと悩んでいる人もほっとできるのかもしれない。
一方で未知なる概念をドラマの主題にすることで型に当てはめてしまうのではないかという心配もある。羽と咲子が早急に「家族」になろうとする姿にはもうすこし緩やかなのりしろがあっていいのではないかとも思うことがある。残りの2回で彼らにとっての「家族」がどう描かれるか、それを見届けるまでは結論は出せないが……。いまのところ思うのは、「家族」という言葉ではない何かもっと違った形の結びつき、助け合いの形を描くことは難しいだろうかということ。ドラマの主人公のような当事者ではない者として思うのは、『恋せぬふたり』は恋愛や性愛によって作られる「家族」とは違う、ほかの可能性があることを拓くものではないだろうかということだ。
当事者でなく、知識に乏しい、ドラマ鑑賞者でしかない身としては、第6話で高橋家の蕎麦と兒玉家の蕎麦の違いが語られていたことが支えになった。年越し蕎麦の違いもあれば雑煮の違いもあって。家庭の数だけ味の違いがあり思い出もいろいろだ。そんな話をお互い交わしその違いをおもしろがり、ときに違うものを分け合い味わうように、どんな人とも関わっていけたらいいなと思う。羽の醸しだす空気にはそういう緩やで思慮深いまなざしがある。
■放送情報
よるドラ『恋せぬふたり』(全8回)
NHK総合にて放送
第7話:3月14日(月)22:45〜23:15
第8話:3月21日(月)22:45〜23:15
出演:岸井ゆきの、高橋一生、濱正悟、小島藤子、菊池亜希子、北香那、アベラヒデノブ、西田尚美、小市慢太郎
作:吉田恵里香
音楽:阿部海太郎
主題歌:CHAI「まるごと」
アロマンティック・アセクシュアル考証:中村健、三宅大二郎、今徳はる香
制作統括:尾崎裕和
プロデューサー:大橋守、上田明子
演出:野口雄大、押田友太、土井祥平
写真提供=NHK