『グッバイ、ドン・グリーズ!』を通して変わる世界の見え方 人生の“宝物”になる作品に

『グッバイ、ドン・グリーズ!』が描く世界

 『グッバイ、ドン・グリーズ!』を観終わった後、映画館のスクリーンが大きくなった。鑑賞した自分の意識が大きく変わった実感があった。それだけ大きな気づきを与えてくれる力が、この作品にはあるのだ。

 山に囲まれた田舎町に暮らす主人公のロウマと、東京に引っ越して一時的に帰ってきたトトが結成したグループ、ドン・グリーズ。そこに最近町に来たドロップが加わり3人に。本作は、彼らが花火大会の夜に飛ばしたドローンを探しに、山の中を探求していくうちに自分の人生を見つめ直す物語だ。

 監督はTVアニメ『宇宙よりも遠い場所』がNYタイムズでも高く評価されるなど、注目を集めるいしづかあつこが務めている。アニメーション制作にはマッドハウス、キャラクターデザインには吉松孝博が起用されており『宇宙よりも遠い場所』のスタッフが多く参加している。

 今作の見どころの1つは背景を含めた美術の仕事ではないだろうか。舞台となる日本の山間の町並み、生い茂る山の様子が多く描かれており、夜のシーンが多いということもあり、色彩があえて暗めの設定となっている。公式ガイドブックで吉松は「色あいだけで見るとホラー映画のようでした(笑)」と冗談混じりに答えているが、この暗さがドングリーズの抱える将来への不安や、町への鬱屈した思いを如実に表現しているのだ。

 一方でもう1つ本作の重要な舞台となるアイスランドの描写は一転して神々しいほどに明るく、滝が流れる様子などは圧巻だ。この一連のシーンはまるで本物の滝を見ているようで、世界規模の驚きと興奮を与えてくれる。小物の描写にも注目すると、例えばコーラは夏の暑い日の中で、結露した水滴がその冷たさと美味しさを伝えており、どのシーンを観ても美術の仕事に見惚れるだろう。

 アイテムの使い方も工夫されている。今作では序盤に花火が登場するのだが、ロウマは隅田川の花火大会などの都会の花火は画面越しでしか見たことがない。これは彼の住む地域や認識している世界の狭さを示している。そして町の花火大会すら参加できず、自前で買った花火は着火することもほとんどない描写からは、彼らがこの町で暮らすことへの鬱屈などを反映する心情描写にも重なっている。後半でドン・グリーズは美しい花火を見る。視点が変わると認識が変わることを示しており、アイテムの使い方がキャラクターの心情の変化にもつながっている。

 もちろん、美術のみならずキャラクターを含めた作画も良い。一般的な作画技術として歩くシーンは、日常的な動作であるだけに、鑑賞者に違和感なく見せるにはリアルなキャラクターデザインや作風であるほど難易度が上がる。特に今作の場合山道を歩くために、体の重心が一歩進むごとにずれるのだが、その特徴を捉えたアニメ表現がなされていた。様々な映像表現が楽しめる作品だ。

 映像以外の面では世界の広さを伝える音楽にも注目してほしい。今作では劇中で何度か英語詞の楽曲が流れ、物語を盛り上げるとともにキャラクターをより躍動させる。いしづか監督は公開前に行われたトークイベントにて「ドン・グリーズの冒険を日本で縛りたくなかったので英語の歌詞の楽曲にした」と語っており、物語をさらに大きく広げるための工夫が感じられる。

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