「『湯あがりスケッチ』穂波の湯あがり日記」第3湯 「おばあちゃんになったら魔法使いに」

「穂波の湯あがり日記」第3湯

 塩谷歩波の『銭湯図解』を原案としたドラマ『湯あがりスケッチ』が2月3日よりひかりTVにて配信された。全8話で構成される本作は、毎話ごとに今も実際に営業している都内の銭湯と、それぞれのエピソードの鍵となる8人の女性が登場し、銭湯のように心温まる物語が紡がれていく。

 主人公・穂波を演じる小川紗良が、“穂波”として執筆した「穂波の湯あがり日記」が到着。各話で穂波が感じたこと、考えたことが、日記形式で綴られている。

第3湯 蒲田温泉で出会った名前も知らないあの人(臼田あさ美)

 私のおばあちゃんの記憶は、お正月と、運動会と、風邪をひいて学校を休んだ日に集約されている。それらはもれなく、食べ物の記憶と結びつく。お正月のおせちに詰まった、香ばしい田作りやほんのり甘い黒豆。運動会への激励で、腕を振るってくれたちらし寿司。風邪をひいた日には共働きの両親に代わってうちへ来て、するするとりんごを剥いてくれた。薄味でも深みがあったり、変わったスパイスを使わなくても格別だと思えたり。おばあちゃんの手料理には、いつも魔法がかかっていた。

 今日、取材先の蒲田温泉で出会った名前も知らないあの人は、今はもう会えなくなってしまったおばあちゃんが、かつて近くに住んでいたという。彼女の場合は、きっと蒲田の街並み丸ごと、おばあちゃんの記憶と強く結びついているのだろう。浴室の隅々を慈しむように眺める彼女に、私は思わず声をかけた。少し前の私なら、見ず知らずの人に話しかけることなんてなかっただろうに。銭湯という場所は、私をちょっと大胆にしてくれる。

 「夕焼けみたいだねって言ってたんです」と彼女は言った。視線の先では、年月を物語るように味わい深いシミが、浴槽の壁に広がっていた。天然の黒湯が染め上げた琥珀色のタイルは、まじまじと眺めれば、確かに夕焼けのようでもある。彼女のおばあちゃんの想像力も、まるで魔法のようだ。私は彼女と一緒に壁のシミを眺めながら、私たちはみんなおばあちゃんになったら、魔法使いになるのかもしれないと夢見た。

 あの人のおばあちゃんは、どんな手料理を作ったのだろう。あの人はこの街でそれを食べて、何を感じてきたのだろう。湯あがりに蒲田の街を歩きながら、私は彼女と彼女のおばあちゃんが過ごした時間を想像した。その道中、通りかかった八百屋でつやつや光るりんごを見つけて、ふと手に取った。きっとまだ大した魔法は使えないけれど、今夜はこれを剥いてみよう。

■放送情報
『湯あがりスケッチ』
ひかりTVにて、毎週木曜22:00〜配信【全8話】
原案:塩谷歩波『銭湯図解』
監督・脚本:中川龍太郎
出演:小川紗良、森崎ウィン、新谷ゆづみ、村上淳、伊藤万理華、安達祐実、臼田あさ美、室井滋、夏子、中田青渚、成海璃子
(c)ひかりTV
公式サイト:https://www.hikaritv.net/sp/yuagari-sketch/index.html?cid=ent_video_yuagari_sketch_of_6
公式Twitter:https://twitter.com/yuagari_sketch
特集ページ:https://realsound.jp/movie/2022/02/post-960070.html

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