立教大学教授イ・ヒャンジンが語る、韓国ドラマの現在地 キーワードは“トランスメディア”

イ・ヒャンジンが語る、韓国ドラマの現在地

「今の韓国社会は、何をするにも若者たちを無視することができない」

――そうかもしれません。ただ、『イカゲーム』の世界的なヒットこそあったものの、一昨年の『愛の不時着』(2019〜2020年)のようなメロドラマ系の大ヒット作は、少なくとも日本においては、あまり無かったように思っていて……。

イ・ヒャンジン:確かに『愛の不時着』のように、これまで韓国ドラマを観てなかった人にも支持されるような大きい作品は、あまり無かったかもしれないですね。もちろん『イカゲーム』は、日本でも大きな話題となりましたが、『愛の不時着』のような熱烈なファンが日本にいたようには思えませんでした。というよりも、やはり『愛の不時着』は、日本においてはすごく特別なドラマだったように思うんです。『愛の不時着』は、もともと2019年から2020年にかけて、韓国のドラマチャンネルtvNで放送されたドラマでした。それがちょうどコロナ禍に入る直前、2020年の2月からNetflixでも配信されるようになって……。

――確かに、ちょうどコロナ禍に入る時期と重なったのは、大きかったかもしれないです。

イ・ヒャンジン:あと、私が『愛の不時着』の日本での盛り上がりを見ていて驚いたのは、それまでとは違う人たちが、大きな役割を果たしていたことでした。日韓関係がいくら悪化したと言っても、テレビをつけたら日本の芸能人たちが「『愛の不時着』は面白い!」と熱弁している(笑)。この10年で、作品と視聴者の橋渡しをする、いわゆる「ミドルマン」が変わったように思うんです。それこそ『冬のソナタ』の頃は、韓国ドラマの関係者や韓国ドラマの専門家たちが、その作品の面白さについて語っていたのですが、今はテレビに出ている普通の芸能人が、当たり前のように韓国ドラマについて語っている。そうやって時間を掛けて、幅広い層の人々に浸透していったのが、一昨年の『愛の不時着』であり『梨泰院クラス』だったと思うんです。

『愛の不時着』Netflixにて配信中

――なるほど。

イ・ヒャンジン:それに比べると『イカゲーム』の盛り上がり方は、まったく違っている。『イカゲーム』は最初からNetflixで配信され、世界中の人たちがいっせいに視聴しました。だからこそ、盛り上がり方のスピードも速かった。『愛の不時着』のように、まずは韓国で盛り上がり、それがNetflixで世界配信されるようになってから、徐々に日本でも人気が出ていった作品とは、そこが全然違いますよね。

――確かに『愛の不時着』は、瞬間的な盛り上がりというよりも、徐々に徐々にたくさんの人を巻き込んでいきながら、やがて大きな盛り上がりとなっていたように記憶しています。

イ・ヒャンジン:あと、『愛の不時着』が、特に日本で人気が高かったことに関しては――それこそ、日本での盛り上がりは、ある意味韓国以上だったように思うのですが――北朝鮮に対するネガティブなイメージがあったことも大きいと思います。私が初めて日本に来たときに驚いたのは、テレビで毎日、北朝鮮に関するニュースが流れることだったんです。恐らく、世界でいちばん北朝鮮の話をする国は、日本なのではないでしょうか。他の国の人たちは、正直そこまで北朝鮮への知識・関心がない。

――なるほど。だからこそ『愛の不時着』が楽しめたと。

イ・ヒャンジン:私はそうだと思います。『愛の不時着』は、大きく分けたらラブコメになるのかもしれませんが、政治的な「風刺」という側面もありますよね。北朝鮮のような危ない場所に、韓国の女性が行ってしまった。だけどそこに、ヒョンビンのようなハンサムボーイが現れて……そういうギャップが、あのドラマの場合は、非常に面白かったのではないでしょうか。

『愛の不時着』Netflixにて配信中

――日本における『愛の不時着』のヒットには、さまざまな要因があったわけですね。となると『愛の不時着』のような作品は、そう簡単には登場しないとも言えるわけで……。

イ・ヒャンジン:いずれは、そういうものが出てくるかもしれませんよ(笑)。今の韓国ドラマは、本当にいろんなジャンルのドラマがあるから、そういうものが出てくるまで、他のドラマを観ながら待っていることもできるわけで。韓国の俳優やアイドルが兵役に行っているあいだ、他のドラマや音楽を聴きながら、その人のことを待つように(笑)。そういう人も、きっと多いと思うんです。あと、日本の視聴者の良いところは、最近の作品はもちろん、ちょっと前のドラマまでさかのぼって観てくれることなんです。それは、日本のファンダムの特徴かもしれません。5年前、10年前のドラマをさかのぼって観るようなことを、他の国の人は、なかなかしてくれないので。ただ、別の言い方をすれば、それが韓国ドラマの特性であり、強いところなのだと思います。5年前、10年前の作品でも、きっちりと配信でアーカイブされている。そこは日本のドラマとは、ちょっと違うかもしれないです。

――そうですね。こうして韓国ドラマの話をしていると、どうしても日本のドラマと比べてしまうところがあるのですが、その違いはどこにあると先生は思いますか?

イ・ヒャンジン:私は日本の制作システムについてはあまり詳しくないですが、企画が成立して初めて、シナリオを書くようなこともあると聞いています。それは映画も同じですよね。原作小説があるとか、漫画がこれぐらいベストセラーになっているとか、そこが基準になっているようなものが多い。韓国の場合は、シナリオありきで、そのシナリオが面白かったら、企画がスタートするんです。もし、そのシナリオが通らなかったとしても、再チャレンジの機会がある。たとえば、『イカゲーム』のファン・ドンヒョク監督は、あの作品のアイデアを10年前ぐらいから持っていたようです。ただ、10年前には、「これは何の話なの?」と誰からも相手にされなかった。そこで彼は、あきらめなかったんです。そこであきらめていたら『イカゲーム』は無かった。だから、リスクを持ってチャレンジし続けることですよね。

『イカゲーム』

――韓国ドラマの場合は、とにかくシナリオが大事であると。

イ・ヒャンジン:そうです。あと、最近の韓国ドラマは、女性脚本家の活躍がとても目立ちます。日本と同じように韓国も、映像制作の現場は、男性が中心的で――#MeToo運動の盛り上がりを受けて、いろんな調整が行われたとはいえ、やはり映画の世界は依然として男性が強いところがあるように思います。それに比べると、韓国ドラマの世界は、女性脚本家の活躍が非常に目立ちます。たとえば、『愛の不時着』のパク・ジウン……あと、『キングダム』(2020年)の脚本家も、実は女性なんですよ。私は、基本的には映画の研究者で、映画を扱うことが多いのですが、女性の描き方、女性たちの声を知るという意味で、韓国ドラマはやはり無視できないところがあるんです。

『キングダム』Netflixにて配信中

――最近は、韓国映画の世界も『はちどり』(2018年)のキム・ボラ監督をはじめ、女性監督の活躍が目立ちますよね。

イ・ヒャンジン:そうですね、私も『はちどり』は大好きな映画ですが、インディペンデント系映画なので、正直そこまで多くの人に観られたわけではないんです。だけど、ドラマの場合は、国を超えて非常に多くの人々が――それこそ『愛の不時着』のように、爆発的に支持されたものも多い。だから、ひとつ提案として、女性脚本家に注目して、作品を選んでみるのも面白いかもしれません。名前だけでは、なかなか男性か女性かわからないかもしれませんが、ドラマを観ながら、「これはどっちだろう?」と考えてみるのも面白いと思います。

――もうひとつ、先生にお聞きしたいのですが、韓国の若者たちは、これまでの話の中で登場したような韓国ドラマを観ているのでしょうか? 日本のドラマの場合、必ずしも若者たちが観ているとは、言い難いような状況があって……。

イ・ヒャンジン:観ていると思いますよ。いわゆる地上波のテレビ放送のようなもので観ることは少ないかもしれないですが、スマホだったり、パソコンだったりで、自分に合う時間に視聴している。韓国では、20代、30代が面白いと思わないドラマは、そこまで成功できないんです。それこそ、『梨泰院クラス』などは、韓国の若者たちに、とても支持されたドラマでした。あのドラマは、そもそもウェブトゥーンが原作なので、若者たちはすでにそれを読んでいて、ドラマになる際に「この役は誰のイメージだろう?」と制作前の段階から、そのキャスティングも含めてネットでの議論が、かなり盛り上がっていたようです。そこは少し日本とは違うというか、今の韓国社会は、何をするにも20代、30代の若者たちを無視することができないんです。それは政治の世界も同じですよね。

――韓国ドラマは、ある意味「ユースカルチャー」でもあると。そういう意味では、日本はどうなんだろう……。

イ・ヒャンジン:どうなんでしょう(笑)。ただ私は、そういうものが、これから作られるのではないかと思っています。最初に話した「トランスナショナル」の話ではないですが、作品は国や地域を超えて影響をし合うものなので。最近日本で、韓国ドラマのリメイクが多いのもそういったものに関連しているかもしれません。かつて韓国の若者たちが、日本の映画やドラマの影響を受けて、そのあと自分たちの作品を作っていったように、今、韓国のドラマを熱心に観ている日本の若者たちが、将来、自分の作品を作り始めるかもしれない。私の学生も、たまに映画を作ったりしていますが、そこにはやはり「自分たちの世代の話をしたい」、「自分たちのアイデンティティを表現したい」という強い思いがあるようです。

――なるほど。

イ・ヒャンジン:若者たちに支持される作品を作るためには、企画段階、制作段階から、若者たちと一緒に仕事をしたほうがいいと思います。ユースカルチャーとはそういうものだし、そうしたらもっと、いろいろなものが出てくるのではないでしょうか。

――では最後に、イ・ヒャンジン先生が2021年に観て、個人的に気になった韓国ドラマなどがありましたら、いくつか参考までに教えていただけますか?

イ・ヒャンジン:どうしても、盛り上がったものや、評価が高いものを中心に観ていくことが多いのですが、昨年観たものの中では、バドミントン部の少年たちの成長を描いた『ラケット少年団』(2021年)、遺品整理会社で働く人たちを描いた『ムーブ・トゥ・ヘブン:私は遺品整理士です』(2021年)などが、個人的には印象に残っています。温かい感動のある作品が好きなんですよ(笑)。あと、これは2021年のドラマではないのですが、先日たまたま観始めた『ブラームスは好きですか?』(2020年)が、とても良かった。音楽学校を舞台としたドラマなのですが、そこで使われているクラシック音楽も、非常にいいんですよね。まさに今、ハマっているところというか、実はこの取材の直前まで、その音楽を聴いていました(笑)。

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