リドリー・スコット作品で描かれてきた女性の生き様 心情変化を表す衣装を読み解く
ラグジュアリーなアイテムに魅せられ、自らの人生を破滅に追い込んでいく人たちはいつの時代にもいる。
しかし、グッチ一族ほどラグジュアリーを追い求め、ドラマチックに散った人々はいないだろう。そして、ブランドそのものと同じくらい有名で、映画さながらのグッチ一族の物語が、ついにリドリー・スコット監督によって映画化された。
グッチ家の運命を翻弄し、終焉に導いたのは、GUCCI創業者であるグッチオ・グッチの孫で3代目社長だったマウリツィオ・グッチの妻パトリツィアだ。パトリツィアは、パーティでマウリツィオと出会い結婚し、のちにGUCCIの経営に関わるようになる。一時期は順風満帆にいっているように見えた夫婦だったが、ブランドの衰えとともに関係にも歪みが生じ、最後は最悪な選択をしてしまうのだ。
ファッション業界のスキャンダルを描いた映画『ハウス・オブ・グッチ』の注目すべき点は、パトリツィアの心情を映し出す服の数々だ。実際のパトリツィアは流行のファッションを積極的に取り入れるファッショニスタだった。しかし、リドリー・スコット監督は、レディー・ガガ演じるパトリツィアを、クラシックな装いを好む野心的な女性として描いた。つまり、衣装を通して伝えるべきことが明確にあったと考えられる。
振り返ってみれば、リドリー・スコット監督が、女性キャラクターに外見を通して強いメッセージを伝えようとしたのはこれが初めてではない。そこで、本稿ではリドリー・スコット監督の描く意志の強い女性とファッションを深堀りしていこうと思う。
外見と心理状態
心情と服選びの関係は密接だ。好きな人と会うときに、少しでも魅力的に見える洋服を選んだ経験は誰にでもあるだろう。女性特有の曲線美を強調する服や、男性の魅力のひとつと考えられがちな腕の血管をチラッと見せる服を意識的に手に取るかもしれない。
仕事で大切な商談があるときは、髪を整え、サイズのあったスーツを身に着けるかもしれない。できる限り、相手に信頼されたいという気持ちが、そのような服を選択させる。成功して社会的地位が上がれば、ふわふわしてどこどなく幼さを感じさせる服よりも、キッチリした服を選ぶようになるし、たとえ、カジュアルな服装が自分にとってのワードローブだったとしても、素材にこだわったものを意識的に選ぶだろう。
では、『ハウス・オブ・グッチ』のパトリツィアはどうだったのだろうか。パトリツィアが初めて銀幕に姿を見せたのは、彼女の父親が経営する輸送会社の駐車場だった。車から降りたパトリツィアは、体のラインを強調するワンピースで、高いヒールをコツコツと鳴らしながら歩く。足の付け根を動かして歩くために、必然的にヒップが左右に大きく振れる。それに伴って、スカートの裾がヒラヒラと揺れ動き、蝶が舞っているようだ。結婚するまでのパトリツィアは、こうしたウェストの細さと下半身の動きを強調する服を好んで着用していたのがわかる。まるで、異性を誘惑するならこのファッションだ、と決めているかのように。
結婚してからGUCCIの経営に参加するようになると、シンプルながらも上質で、装飾品で派手に着飾るスタイルを好むようになる。その方が富を誇示しやすいのだろう。GUCCIを仕切るようになると、オートクチュールに身を包むようになる。好む色も、原色が多くなる。
ゲレンデに映える赤いスキーウェアは、彼女の心情を反映している。その時の彼女は、マウリツィオの心離れとGUCCIの経営危機に悩み、攻撃的になっていた。全身赤は、彼女がマウリツィオと出会った時に着用していた真紅のドレスを彷彿させる。自分をもっとも魅力的に見せた色を選ぶことで、マウリツィオの心を取り戻し、何もかもが輝いて見えた頃に戻りたかったのかもしれない。
彼女のキーファッションは他にもあるが、何よりも衝撃的で印象的だったのが、夫殺害を依頼するときのレザージャケットとジーンズという格好だ。夫への憎しみと、全てを失うことへの絶望が、ファッションとメイク、ヘアスタイルに色濃く表れている。