『エミリー、パリへ行く』と『セックス・アンド・ザ・シティ新章』の数奇な繋がりとは?
エミリーが帰ってきた。正確には、エミリーはまだパリにいる。2020年10月にシーズン1が配信された『エミリー、パリへ行く』は、日本を含む世界各国で大ヒットしたが、同時にフランスに対する時代錯誤のステレオタイプ描写が批判の的になっていた(参考:世界的人気もフランスで大炎上 『エミリー、パリへ行く』のなにが問題に?)。
1998年から2004年までHBOで放送されたのちに続編映画2本が作られた大ヒットドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』(以下、『SATC』)のクリエイター、ダーレン・スターが手がける新シリーズとして、鳴り物入りで始まった『エミリー、パリへ行く』。『SATC』のキャリー(サラ・ジェシカ・パーカー)の奇抜なスタイルを作ったパトリシア・フィールドが監修するカラフルな衣装を着たエミリー(リリー・コリンズ)と、愛の都パリの景色を楽しむドラマだと割り切り、パンデミックで鬱々とした日々の清涼剤ドラマとして楽しめばいいのだ。
新シーズン、嘲笑の的はアメリカ帝国主義
シーズン1配信から1年、友達と隣人を巻き込んだ三角関係、マーケターとは名ばかりのSNS頼みのプロモーション案、エミリーの周囲はフランス人同士でも英語を話す……などの基本設定はそのまま、エミリーたち登場人物に微かな変化が訪れるのがシーズン2だ。エミリーにはフランス語学習に勤しむ理由ができ、中国の富豪の娘でシンガーになるのが夢のミンディ(アシュリー・パーク)は、BTSの「Dynamite」を披露する。
MTV制作のドラマをNetflixが購入したのちに更新されたシーズン2では、世界190カ国配信ドラマにふさわしい多様性と話題性を盛り込み、シーズン1で嘲笑された数々のステレオタイプが補正されている。ドラマが笑いのネタにしていた文化摩擦は、エミリーよりも少しだけ愚かな人たちの言動を見て、我が振りを直すことになる。その重要ミッションは、突然の妊娠発覚でパリ赴任をエミリーに譲ったシカゴの上司が引き受ける。早朝からスターバックス片手に出勤し、机の上におやつのにんじんスティックを散らかし、パーティの場で商談を始める。それらの行動のどれもがフランス人の美意識に反するもので、上司とローカルスタッフの間で困惑するエミリー。シーズン2のターゲットは、アメリカ帝国主義のようだ。深読みすると、NetflixアメリカからNetflixフランスに移ったエミリーが、本社と支社の板挟みになるような……。
17年ぶりに続編が作られた『SATC新章』
偶然なのか意図的なのか、北米では12月9日より『SATC』の続編シリーズ、『AND JUST LIKE THAT… / セックス・アンド・ザ・シティ新章』がHBO Maxで配信開始になった。日本では、U-NEXTで12月29日より配信中だ。エミリーの姉キャラにあたるキャリー(サラ・ジェシカ・パーカー)、シャーロット(クリスティン・デイヴィス)、ミランダ(シンシア・ニクソン)は50代。キャスト間の不仲説が報じられていたキム・キャトラル演じるサマンサはロンドンへ移り、3人とは連絡を絶っている設定だ。ミランダは弁護士としての視野を広げるために大学に戻り、シャーロットは娘の学校のPTA役員を務め、白人コミュニティ以外にも友達の輪を広げるべく躍起になっている。突如人生の岐路に立たされたキャリーは、『SATC』放送開始からの23年間で得た大切なものを手放すことになる。
『エミリー、パリへ行く』を当てたダーレン・スターと、ドラマシリーズで何本もの名エピソードと映画版の監督・脚本を務めたマイケル・パトリック・キングが手掛けた『AND JUST LIKE THAT...』。ところが、ドラマシリーズ終了から17年、2本の映画から13年のブランクを感じさせないテンションで3人の2021年が描かれた第1話の評価は微妙で、キャリーの最愛の人ミスター・ビッグが愛用するPeloton(高級エクササイズバイクのサブスクリプションサービス)は、プロダクト・プレイスメントが裏目に出て文字通り株価を下げてしまった。『エミリー、パリへ行く』にも、Pelotonがモデルと思わしき米国発のエクササイズバイクをフランスで流行らせようとするエピソードがある。その後、ミスター・ビッグを演じるクリス・ノースに性的暴行疑惑が生じ、主演女優3人連名で、告発を決意した被害者に寄り添う旨のアナウンスを行っている。
散々な再始動となった『SATC』続編は、12月末現在アメリカで第5話まで配信されている。Pelotonやノースの件は想定外だろうが、第1話の目を覆いたくなるようなハイテンションは、ドラマが不在だった間にニューヨークや世界が変わっていった様々な要素のギャップを顕在化させるための演出に見えた。携帯電話やコンピュータの扱いに四苦八苦していたキャリーがポッドキャストの仕事をし、4人の中で最も常識人だったミランダなのに、Z世代に囲まれたクラスで空気を読むことができない。シャーロットは相変わらずどころかますます、友達を想い泣く感傷に酔いしれ、忖度からか、サマンサだけは無言でも大きな存在感を誇示する。ドラマがハッピーエンドで幕を閉じてから17年、彼女たちは何も変わっていない。ファンはそれを望んでいたはずなのに、なぜ直視できないのだろう? 現代のドラマで主流のHD高画質映像で主人公たちの肌や髪を観た視聴者は、ハッとする。時間は誰にでも公平に流れていて、ドラマの中の彼女たちも自分も同じだけ年を重ねているのだ……。